第2幕 ハウとカイの世界巡り

カロスへ

「えっ。じゃあハウとカイ、ブルーベリー学園にはもう来てくんねえの……?」

 リーグ部の部室にスグリの静かな悲鳴が響いた。
 次の旅行先、カロス地方に向かうため、ハウとカイが留学に一区切りつけるつもりだと告げた時のことだ。部屋には四天王のほか、スグリやゼイユなど親しい部員がそろっていた。
 そんなわけないじゃん、とカイはスグリの戸惑いを笑い飛ばす。

「ただ、しばらくはカロスに滞在する予定です。」
「オレンジアカデミーにも休学届け出したよー。」
「でもでも、来ようと思えばいつでも来られるからね! お土産、何がいい?」

 ミアレガレットを山盛り貢ぎなさい、とすかさず要求したのはゼイユだ。それを受けてタロも、カロス名物らしいおしゃれなスイーツの名前をいくつか挙げた。

「お菓子だけじゃなくって、お2人がカロスで見つけた『可愛い』をいーっぱい写真に撮ってきてくれれば、最高のお土産です。」
「あと辛いものも! カロスの激辛料理って、どんなのがあるのかなー!」
「ネリネは、2人の元気な帰還があれば、十分。」
「えっと、お、俺は……カロスで育てたポケモンっこと、勝負してほしい!」

 それぞれの形でハウとカイの帰りを楽しみにしてくれるリーグ部の仲間たちに笑みを見せた後、カイはゆっくりとカキツバタのほうへ歩み寄った。
 いつも通り椅子に腰かけて机に寝そべっていた彼が、もそりと上半身をもたげる。

「キョーダイがいなくなると、部室が静かになっちまうねぃ。」

 立ってると疲れるから、などとのたまって輪から1歩引いていたカキツバタだが、話は全部聞いていたようだ。

「そう思ってもらえて嬉しいです。カキツバタ先輩……本当に、ありがとうございました。」

 どうしたよあらたまって、とカキツバタはへらへら笑った。

「礼を言うのはこっちのほうだ。スグリ、よかったな。」
「はい。いろいろあったけど……最初から最後まで全部、私たちに必要な物語だったと思います。」

 カキツバタは黙ってうなずき、スグリたちの方を見やった。みんなは今、カロスに生息するポケモンの話で盛り上がっているようだ。
 カイはそっとカキツバタに視線を向けた。いつも飄々としてふざけた言い回しも多く使う彼だが、こうして部員たちを見守る横顔は、部長然としているとカイは思う。

「カキツバタ先輩。」

 カキツバタは「んー?」と目を細めてカイを見た。

「今度は、先輩の物語も、教えてほしいです。」

 微笑みを崩すことなく、カキツバタはカイを見つめ続けた。カイの表情にわずかに混ざった影色には、気づいていないのだろうか。あるいは気づいて、あえて知らないふりをしているのだろうか。
 少しの間の後、「……ははっ」と諦めにも似た吐息が彼の口からこぼれた。

「キョーダイはもう十分、オイラの物語に付き合っちまったろぃ。」

 それはある意味での拒絶だった。カイはカキツバタの触れられない場所に手を伸ばしたことを理解した。返せる言葉など、あるはずがなかった。
 カイをそこまで凍らせるつもりはなかったのだろう、カキツバタはちょっと気まずそうに頭の後ろで両手を組み、わざとあっけらかんとした口調で続けた。

「それにキョーダイが帰って来た時、オイラまだ学園にいるかわかんねーし。」
「そっか……。さすがに4留は退学ですよね。」
「ありゃー、卒業って発想はなかったでやんすかー。」

 くすくすとカイはいたずらっぽく笑う。その軽口は越えてしまった話題への線引きだった。

「カイー! 名残惜しいけど、そろそろ行こっかー。」

 ハウがカイの側にやって来た。それからハウもカキツバタに対して、あらためて世話になった礼を言った。カキツバタはやっぱりへらへらとしていた。

「それじゃあ、カキツバタ先輩……また。」
「ああ、達者でな。」

 またなとか、土産話を楽しみにしてるとか、再会の希望を含む言葉で返さなかったのは、カキツバタなりの優しさだったのかもしれない。それが彼の答えなら。カイは精一杯の笑顔をカキツバタに贈った。
 他のみんなにも「いってきます」と手を振って、ハウとカイは部室を出た。

「カキツバタと何話してたのー?」

 学園のエントランスに向かう道中、ハウが尋ねる。

「スグリくんのこと、よかったねって。先輩、礼を言うのはこっちのほうだって言ってた。」
「ずっと気にしてくれてたもんねー。苦い顔する人もいるかもしれないけどー、おれはカキツバタが部長のリーグ部に来られて、良かったと思ってるよ。」
「ええ、私もです。」
「カキツバタの話も、もっと聞きたかったなー! ソウリュウシティのこととか……あっ、おれたちがアイリスとバトルした話もしそびれたー。」
「次に会った時、お話できるといいね。」
「うん! まずはー、目の前のカロス旅行のことを考えないとだもんねー。」

 今は紡げない物語にいったんは別れを告げて。ハウとカイはまだ見ぬ土地への憧れに胸をふくらませた。

「さあ、カロス地方へ、レッツゴー!」

 2人の世界巡りは、まだまだ続く。