第3幕 アローラでの成長編

ケーキ・マシュマロ・チョコレート!

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「今年のバレンタインデーは、みんなでお菓子作ろう!」

 カイにそう提案したのは、マオだった。

「カイが前に住んでた所では、女性から男性へお菓子を贈るのがメジャーなんでしょ。アローラと逆だよね! だからあたしたちも、1回カントー流で楽しんでみたいなーって。」

 スイレンとアセロラには、すでに合意を得ているらしい。というかそもそも、カントーのバレンタインデー面白そうだよね! と仲間うちで盛り上がった話題らしい。
 そういうわけでその年のバレンタインデー、カイとマオとスイレンとアセロラは一緒にお菓子を作るため、カイの家に集合していた。
 本当はマツリカも誘っていたのだが、彼女いわく「風向きにもよるから、その日次第だね。とりあえずわたし抜きで始めといてください。行けなかったらごめんねー。」とのこと。乗り気なのかそうでもないのか、よく分からない口ぶりだったが、マツリカらしいといえばマツリカらしい。カイたちは彼女のことはあまり心配しすぎないようにして、さっそく準備に取りかかった。

「みなさんいらっしゃい。今日はとってもにぎやかね。ママは出る幕ないかしら?」

 そう言ってママは自室に行き、カイたちにダイニングキッチンを譲ってくれた。お邪魔します、出来上がったら呼ぶので試食を手伝ってください、とマオたちがめいめい頭を下げていた。
 本日作る予定のお菓子は、ココア味のプチカップケーキと、アーカラティーのロイヤルミルクシフォンケーキだ。アーカラ茶葉の豊かな香りと、オハナ牧場印のモーモーミルクの深いコクが味わえるふわふわケーキのレシピは、もちろんアーカラ島出身のマオとスイレンの提案だった。2人による茶葉とミルクの仕入れも完璧だ。

「アセロラちゃん担当の、純エネココアパウダーもばっちりでーす! しかもね、とびっきりのおまけも持ってきたんだよ。」

 思わせぶりなアセロラの様子に、カイもマオもスイレンも興味津々で彼女のバッグの中身をのぞきこんだ。
 じゃーん、とアセロラがごきげんで取り出したのは、ヒトモシ形のマグカップだった。丸っこいフォルムと、蝋のように白くてやわらかなつやは、ヒトモシの特徴をよく表現している。カイたちは「可愛いー!」「ヒトモシだ!」と歓声を上げた。

「いいでしょー。そしてこのヒトモシカップに、これだよ!」

 続けてアセロラが出したのは、マシュマロの袋だった。

「せっかくココアがあるから、ヒトモシのマシュマロココアも作ろうと思って。」
「うわー、すごい! ナイスアイデアっす!」

 マオがマシュマロ袋を受け取って、感激していた。アセロラはえへへーと得意気な様子で、バッグからマシュマロ袋を次々に取り出した。

「アセロラ……これはさすがに多すぎではありませんか?」

 苦笑したのはスイレンだ。マシュマロは全部で6袋もあった。

「余ったらそのまま食べればいっかって思ったらつい……。ポケモンたちもいるし。」

 ぺろりと舌を見せるアセロラに、なるほどねーとカイたちは笑った。確かにポケモンたちは喜ぶだろう。
 お菓子作りの手伝いを兼ねて、みんなはそれぞれポケモンをボールから出した。カイはドデカバシ。マオはアママイコ。アセロラはユキメノコ。スイレンは……

「えっ、ニャース?」
「スイレン、水ポケモン以外も連れてたんだ。」

 スイレンの隣に立つ宵闇色のポケモンを見て、少し意外そうにする一同に、違うのです、とスイレンは首を振った。

「この子はわたしの手持ちポケモンではありません。家で一緒に暮らしている子です。カイさんの家にいらっしゃるカントーの姿のニャースに、かねてから会いたがっていたんですよ。ね、ニャース。」

 にゃー、とスイレンのニャースが返事をした。その声を聞きつけてか、カイ宅のニャースもひょっこりと顔を出す。

「ぬにゃあー。」
「うーん白いニャースって、やっぱりなんだか不思議な感じ。」

 しげしげとカイ宅のニャースを眺めてそう言うマオに、

「私も薄紫色のニャースっていまだに不思議な感じ。」

 とカイは返した。

「なるほど。いわばリージョンギャップってことだね。でもどっちのニャースもいい味出してる!」

 ニャースたちは、うにゃうにゃと鳴き声を交わしながら、けっこう親しげにコミュニケーションを取っているようにも見えた。ポケモンたちにとって、リージョンギャップはどのように感じられるのだろうか。

 製菓材料と人員がそろったので、いよいよカイたちはお菓子作りを始めることにした。

「なんだかいつもと違うバレンタインで、わくわくしちゃうね。みんなは作ったお菓子、誰にあげるの?」

 ミミッキュみたいな淡いクリーム色のエプロンをユキメノコに着せて、ひもを結んでやりながら、アセロラが尋ねた。マオはアママイコとおそろいの花柄エプロン、スイレンは防水加工がしっかりとされた、どちらかというとお菓子作りよりは魚介の解体に向いているエプロンを、ばっちり身に着けている。

「あたしは父ちゃんと兄ちゃんかな。カントーのバレンタインデーについて教えてあげるんだ。」
「わたしも、家族に。特に妹たちは甘い物が大好きですから。アセロラは?」
「あたしはエーテルハウスの子供たちに! みんなの笑顔を見るのが待ち遠しいよ!」

 わいわいと家族の話で盛り上がった後、アセロラたちはカイの顔に視線を集めてにーっと笑った。

「カイは、聞くまでもないよね。」
「えー。私も話に入れてよ。」
「カイのプレゼント相手は、ハウでしょ。っていうかそれがメインっすから。」
「メインなんだ。」
「そうだよ。今日のテーマはカントー流バレンタインデーだもん。」
「ハウさんならきっと、お菓子喜んでくれるでしょうね。島巡りの時も、マラサダをたくさん食べたと仰っていましたし。」
「うんうんー。アーカラ島のマラサダもねー、すっごく美味しかったよー。ロイヤルドーム前のショップで売ってる酸味を効かせたマラサダが、おれ的にはイチオシかなー。」

 不意に聞こえたその場にいないはずの人物の声に、みんなは一斉に顔を向けた。開け放したガラス戸の先、庭からラナイ(アローラ式のベランダ)越しに家の中をのぞきこんで、ハウが笑顔で手を上げていた。

「アローラー! カイに会いに来たんだけどー、ベル鳴らしても出てくれないから、こっちまで回ってみたんだよー。今日はみんな勢ぞろいなんだねー。」
「ええっ、ごめんハウさん。全然気が付かなかった。すぐ開けるね!」

 カイは慌てて玄関ドアに向かい、庭から戻ったハウを迎え入れた。
 あらためてアローラと両手で円を描くハウに、みんなもアローラ! と挨拶を返した。

「で、今日はなんで集まってるのー? おれのうわさ話なんかしちゃってさー。」

 マオはどちらかといえば、バレンタインデーのプレゼントをサプライズに仕立てたかったらしい。ちょっと申し訳なさそうにカイを見た。けれどもカイとハウはそもそも隠し事をするような間柄ではないのだ。気にしていないことを示す笑顔をマオに向けてから、カイはハウに答えた。

「じつはね、ハウさんのためにとってもいいことを計画してたんだ。」

 みんなはハウに、今からお菓子を作ろうとしていること、それはバレンタインデー用のもので、完成したら届けに行くつもりだったことを説明した。

「うわー、すごい! 楽しそうー!」

 きらきらと瞳を輝かせるハウ。

「お菓子作り、おれも混ぜてもらってもいいー!?」

 思いがけない申し出に、カイたちは目をぱちくりさせた。プレゼントされる側が一緒にプレゼントを作る、とは。けれどもみんなでお菓子を作るほうが、きっと楽しい時間になるだろう。ハウを仲間に入れることに、異論を唱える者はいなかった。カイはうなずいた。

「いいよ。ハウさんも一緒に作ろう!」
「やったー!」

 ハウはお菓子作りのパートナーとしてライチュウを出した。早速ハウとライチュウも、手を洗って準備を整える。カイに借りたエプロンが、2人ともよく似合っていた。 「それじゃあ早速、ケーキ作り開始ー!」

 マオの号令に一同はおーっと手を上げた。
 カイとハウはシフォンケーキ、スイレンとアセロラはカップケーキ、マオが2組の様子を見ながらレシピの確認とアドバイスをする役割に、それぞれ分かれた。作業場所は、シフォンケーキ班がキッチンで、カップケーキ班は作業台として整えたダイニングテーブルだ。
 オーブンに火が入り、ぶうんと音が響く。

「砂糖ー、小麦粉ー、モーモーミルクー。」

 カイがアーカラ茶を煮だしている隣でハウが必要食材を読みあげ、その通りにライチュウが材料を持ってきてくれた。サイコパワーを使って、複数種類もお手のものだ。

「ありがとー、ライチュウ。」

 食材を受け取ったハウが必要量を計っていく。
 カップケーキ班はかなり順調で、カイがアーカラ茶の準備を終えた頃にはもうボウルの中をかき混ぜ始めていた。
 出番を終えた食材を元の場所に戻すため、スイレンのニャースが小麦粉袋を抱えてカイの足元を過ぎていった。先導しているのはママのニャースだ。収納場所を教えてあげるのだろう。2体でにゃーにゃーと会話らしきものをしていたが、スイレンのニャースは何か言われてちょっとつんとしている。ずいぶん気が強い子のようだ。アローラのニャースはプライドの高いものが多いから、一人でできるよと抗議しているのかもしれない。

「そうそう、カイのドデカバシにお手伝いをお願いしてもいいかな?」

 マオのご指名を受け、カイは「出番だって、ぴいこ」と声をかける。ドデカバシは承知とばかりにひと鳴きし、マオの隣に移動した。

「くちばしをすこーし温めてほしいんだ。」

 ドデカバシがうなずくと、ほどなくしてくちばしが赤っぽくなった。バトルの時はあの発熱を利用して激しいキャノン砲を撃つのが得意だが、今はほんのり色づいている程度だ。普段は目にしない色合いで、なかなか可愛い。

「いい感じ。そのままじっとしててね。」

 そのくちばしに、マオは小さめの耐熱ボウルを押し当てた。ボウルの中にはバターが入っていて、見る間にとろりと丸みを帯びた。ドデカバシのくちばしの熱で溶けているのだ。

「オッケー、ありがとう! もう大丈夫だよ。」

 マオはドデカバシをなでてやると、とろけたバターをアママイコに託し、カップケーキ班のもとに運ばせた。

「はー、そうやってバター溶かすのか。すごいなー。」

 ハウも手を止め、感心していた。するとドデカバシが自慢気にくちばしを掲げて見せたので、「ぴいこのくちばしはバトルでも料理でも大活躍だねー」とハウはドデカバシを褒めてやった。

「ポケモンと一緒だと、細かいところで助かるんだよね。もうひとつポケモンの力を借りたいことがあるから、卵黄と卵白を分け終わったら呼んでね、カイ、ハウ。」

 オーブンの温度を確認しながら、マオが言った。カイとハウはなんだろうと不思議そうに顔を見合わせつつも「はーい」と答え、卵の殻を割っていった。

「卵、全部分け終わりました、マオ先生!」

 カイがかしこまって報告すると、「うむ、ご苦労様でっす!」とマオも同じノリで返事をくれた。マオは卵白を入れたほうのボウルを預かると、アセロラのユキメノコを呼んだ。

「このボウルを持っててくれるかな、ユキメノコ。ぎゅっと抱きかかえてね。」

 ユキメノコはマオに言われたとおりにし、首を傾げて中をのぞいた。

「ユキメノコに持たせたら、いいことあるのー?」

 ハウも首を傾げる。

「うん。この後、卵白を泡立ててメレンゲを作るんだけど、温度が低いほうがしっかりしたいい泡になるんだ。だから冷やしてもらってるんだよ。素材を生かすためのちょっとしたコツだね。」
「なるほど。できればユキメノコ連れてきてねってマオが言ってたのは、こういう理由だったんだ。」

 オーブントレイを運んできたアセロラも納得した。トレイの上には、ココア色の生地が入ったハート型のカップがずらりと並んでいた。

「おー、カップケーキはあと焼くだけ? 早ーい!」
「こちらは材料を混ぜるだけですから。これで半分なので、シフォンケーキの生地が整うまでにこちらを焼き、シフォンケーキを焼いた後にもう半分を焼くことで、効率良くたくさん作れるのです。」
「スイレン頭いいなー!」
「いえいえ、マオさんのレシピ通りに進めたらそうなっただけですよ。この段取りは最初から計算されていたのです。ね、マオさん。」

 いやぁスイレンとアセロラがてきぱき動いてくれたからだよ、とマオが照れていた。いずれにせよカイの周りは、頼もしく賢い人とポケモンに恵まれていることは間違いない。
 ユキメノコに卵白を冷やしてもらっている間に、カイが煮だしたアーカラ茶と、ハウが計量した砂糖と小麦粉とモーモーミルクを、卵黄のボウルに入れて混ぜあわせた。
 メレンゲを作るためにハンドミキサーを起動させたところで、オーブンから漂う香りに誘われ、ママが部屋から出てきた。

「ああ、いい匂い。幸せが焼きあがっていく匂いだわ。あら、ハウくんも来てたのね。いらっしゃい!」
「お邪魔してまーす。」
「まあそれにポケモンたちも。みなさんいらっしゃい。ニャースもお友達ができたのね。」

 ニャースたちは手伝いにも飽きて、今はソファの上でごろごろじゃれあっていた。いや、じゃれあいと表現するにはちょっと雲行きが怪しい。爪を立てて取っ組みあい、にゃあーと張りあうように声をあげ、

「あっ!」

 スイレンが叫んだ直後、スイレンのニャースの腕が振りおろされた。ママのニャースは間一髪その攻撃を避けたが、空振った爪はソファに置いてあったクッションに引っかかり、びりりと布を裂いてしまった。

「ああー、ニャース! だめ!」

 スイレンが慌てて駆け寄り、ニャースを抱きあげたが後の祭りだ。クッションからは白い綿がふわふわとこぼれ落ちた。

「あーあ……破れてしまいました。わたしのニャースが、申し訳ございません。」
「ううん、いいのよスイレンちゃん。気にしないで。」

 ママも自分のニャースを抱きあげて、けんかしちゃだめでしょ、と言い聞かせた。ニャースたちはそれぞれの腕の中で、ふてくされたりしょんぼりしたりしている。

「このクッションは古いやつでね、遊び用としてニャースにあげたのよ。だからぼろぼろにしても大丈夫なの。ほらニャース、お友達と仲良くできる?」

 ぬにゃ、とニャースが返事した。スイレンのニャースも「あなたもけんかしないって約束できますか?」と問いかけられ、ちょっと不服そうながらもにゃあと答えていた。
 解放されたニャースたちは一瞬だけにらみあったが、終戦協定を結ぶのが一番いいと互いに判断したようだ。ぬにゃあー、にゃにゃにゃ、と鳴き交わすと、一緒にクッションの綿を引っぱり出し始めた。あっというまに綿まみれになったニャースたちを、みんなは笑って眺めていた。  ニャースたちのけんかというハプニングはあったけれど、お菓子作りは問題なく進んだ。しっかり角の立つまで泡立てたメレンゲを、カイは先の卵黄ボウルに混ぜていく。この混ぜ方がシフォンケーキ作りのポイントだそうで、メレンゲの泡を潰さないよう丁寧に、かつムラのないよう均一に混ぜる必要があるらしい。少し難しかったけれど、マオに具合を見てもらいながら、カイは生地を完成させた。
 その間にハウが型を用意し、カップケーキ班は焼きあがった第1陣をオーブンから取りだした。生地をシフォンケーキ型に流しこみ、あとはオーブンに入れて焼きあがりを待つばかりだ。

「上手く焼けるといいなー。楽しみだねー。」

 カイとハウは並んでオーブンをのぞきこみ、生地と一緒にわくわくもふくらませる。
 そこでライチュウの呼び声が聞こえたので、ハウは「なにー?」と答えながらダイニングへ行った。入れ替わりにアセロラとスイレンがやってきて、オーブンをのぞきこんだ。ユキメノコも付いて来たが、オーブン周りが熱いことに気づくと、ぴゅっと逃げてしまった。

「おおー、焼けてる焼けてる。」
「いい香りですね。アーカラティーのケーキに決めて良かったです。」

 マオはママとお菓子作りについて話していた。生地をしっとりさせる方法とか、生クリームを上手く泡立てるポイントとか、マオが教えてあげている。料理のお手伝いが得意なポケモンの説明もしていたが、なんだか半分くらいはアママイコの自慢話のようだ。でもママはポケモンの話を聞くのは好きなので、にこにこだった。アママイコもマオの隣で嬉しそうに体を揺らしていた。

「なーなーカイー。」

 ダイニングからハウの声がした。「なにー?」とカイはオーブンの前で答える。先ほどまでボウルの中で自分が混ぜていたケーキ生地が、今はオーブンランプの赤い光に照らされてぬくぬく温められている様を見るのはけっこう楽しくて、目が離せなかったのだ。いつ頃ふくらみ始めるだろうか。

「このマシュマロは、何に使うのー?」

 あっそれはね、とカイと並んでオーブンの中を眺めていたアセロラが、ハウに答えた。

「あたしが持ってきたんだよ! ヒトモシのマシュマロココア作ろうと思って。ヒトモシカップもそこにあるでしょ?」

 たぶんユキメノコがヒトモシカップをハウに見せてあげているのだろう。ユキメノコの声の後、わーこれはいいねー、とハウが応じるのが聞こえた。ライチュウも楽しそうに鳴いている。

「なーなー、もう1つ質問なんだけどさー。」

 ちょっと間を置いて、またハウの声がした。

「このマシュマロ運んでるツツケラたちは、カイのドデカバシの友達?」
「ツツケラ?」

 カイはようやくオーブンから視線を外して顔を上げ、ハウの指している先を見た。すると、マシュマロ袋をくわえた1羽のツツケラと目が合った。いや1羽だけではない。開け放したガラス戸から野生のツツケラの群れが次々と家の中に入ってきて、マシュマロ袋を持ち去っている!

「え、友達じゃない……マシュマロ泥棒だ!」
「マシュマロ泥棒!?」

 カイの叫びを聞き、キッチンにいた他のみんなも驚いて顔を上げた。ツツケラたちはピッ、チッ、パッ! といたずらが見つかった子供みたいな声を残して、マシュマロ袋と共に飛びだした。

「あー待て! ライチュウー!」
「ユキメノコ、止めて!」

 とっさにハウがライチュウを、アセロラがユキメノコをけしかけたが、急なことでポケモンたちも体が動かなかったか、放った電撃と雪のつぶては群れの最後にいたツツケラの尾羽をちょっぴりかすめただけだった。

「あたしのマシュマロ! 返してよー!」

 アセロラがツツケラを追って、玄関から外に躍り出た。すかさずユキメノコが同行する。ハウとスイレンもアセロラたちに続いた。

「オーブンはあたしが見ておくよ。カイはマシュマロをお願い!」

 一瞬迷ったカイに、マオが申しでた。マオが付いていてくれるなら、ケーキは心配ないだろう。

「よろしくね、マオ。焼きあがるまでには戻ってくるよ!」

 そう言い残しドデカバシと共に急いで家を出るカイを、マオとアママイコ、ママとニャースたちが手を振って見送ってくれているのが、閉まるドアの向こうに見えた。


 マシュマロ袋をぶら下げて、ツツケラたちは1番道路を逃げていく。数は6羽。袋の運搬も仲良く1個ずつだ。

「ねえ待ってツツケラ! マシュマロ返してー!」

 アセロラが叫ぶも、ツツケラたちは羽ばたきを止めない。それどころか、追手を振りきろうと思ったのだろう。3羽ずつの二手に分かれて、一群はリリィタウン方面へ、もう一群はハウオリシティ方面へ舵を切った。
 先頭のアセロラとユキメノコが、リリィタウン方面に逃げた群れを追う。

「あたしたちはこっちを追いかける! 誰かハウオリの方を!」
「よーし、おれたちに任せてー! 行こう、カイ!」

 答えたハウはカイを振り向き、その手を握った。
 ハウの手は温かく、いつもカイの進む道を力強く導いてくれる。カイは自分の体にぐうんとスピードが乗るのを感じながら、ハウと目を合わせ、うなずいた。

「ではわたしはアセロラさんに助太刀いたします。お2人ともご武運を!」

 スイレンがアセロラに続いてリリィタウン方面へ駆けていった。ポケモンバトルの実力も相当高い彼女たちがタッグを組むのだから、あちらは心配いらないだろう。カイは自分たちが追うべき3羽のツツケラに意識を集中させた。

「ライチュウ、10万ボルト! でもマシュマロ取り返すだけだからー、1万ボルトくらいでいいよー。」
「ぴいこはタネマシンガン! これも弱めでね!」

 ポケモンたちの控えめな攻撃が、ツツケラたちを優しく襲う。
 タネを避けようと身をひるがえしたツツケラの足をライチュウの1万ボルトがつかまえ、マシュマロ袋が1つ落ちてきた。
 よし、この調子ならすぐ終わりそう。
 袋を拾ってうなずきあったカイとハウは、たぶん心のどこかで高をくくっていた。
 突然、ツツケラたちが逃走の軌道を変えた。向かった先はトレーナーズスクールだ。

「さてみなさん。教室で勉強した補助技について、実戦で学んでいきましょう。オドリドリ、おいかぜ!」

 校庭には生徒たちが並んでいて、先生がぱちぱちスタイルのオドリドリに指示を出すのを、熱心に観察していた。オドリドリが踊るように羽ばたくと、強い風の流れが生まれ、オドリドリの動作にスピードが乗る。

「『おいかぜ』を使った後、自分のポケモンはしばらくの間、素早く動けるようになります。」

 ツツケラたちが飛びこんだのは、オドリドリが起こしたその風の中だった。
 あっと思わず声をこぼしたカイとハウを尻目に、ツツケラたちの飛行は一気に加速し、カイたちとの距離を大きく開けた。幾人かの生徒が乱入者に気がついて空を指した。先生も最初少し驚いたようだったが、

「このように、『おいかぜ』は味方全体に有効な技です。上手に使いましょう!」

 機転を利かせて教材にしてしまった。

「ま、まさか授業を利用して逃げるなんて……。」
「びっくりしたねー。この辺に詳しいポケモンなのかなー? とにかく追いかけよう! ハウオリシティまで行っちゃうみたいだよー。」

 ハウがぎゅっとカイの手を握り直す。
 そう、驚いている場合ではない。ツツケラたちを見失っては大変と、カイたちは急いでハウオリシティに入った。  ツツケラたちはマシュマロ袋をぶら下げて、アスファルトで舗装された道の上を、大輪のハイビスカスが咲き誇る植え込みの側を、ビーチにいくつも並んだパラソルのすき間を、びゅうんと飛んでいく。驚く人たちに「ごめんなさい!」「ツツケラにいたずらされちゃってて!」と声をかけながら、カイとハウとポケモンたちもハウオリシティを駆け抜けた。
 一度などは、花壇で女の子とキュワワーが遊んでいたところにツツケラたちが突入し、ちょうどそこにカイのドデカバシのタネマシンガン(弱)がぶち込まれたものだから、場は騒然となった。悲鳴を上げる女の子、作っていた花輪レイを手放すキュワワー、タネマシンガンが命中してはじけ飛んだマシュマロ。
 カイは慌てて謝り女の子をなだめたが、キュワワーは案外けろっとしていて、散らばったマシュマロを拾い集めると、花と一緒にレイに仕立てあげてしまった。おしゃれでふわふわな輪っかに、女の子は泣きだしそうな表情を一変させて大喜びだ。
 マシュマロ・レイを首にかけた少女に、カイとハウはあらためて「びっくりさせてごめんね」と謝り、ツツケラとの鬼ごっこを再開した。
 マシュマロ袋は、1つ取り返した。1つはレイになった。残るはあと1つ。
 カイとハウはハウオリシティの交番前にたどり着いた。ツツケラたちは交番の横に生えている大きな木の中に吸いこまれていく。どうやらここがゴールらしい。

「おーい、ツツケラー。マシュマロ返してよー。」

 ハウが呼びかけても、ピィともチィとも答えず、葉陰に隠れて姿も見えなかった。

「どうしよう……。これ以上追いかけるのもなんだか気の毒だし、諦めるー?」

 困ったように頭をかいて、ハウが問う。隣でライチュウも同じ顔をしていた。正直なところ、カイもずいぶん疲れてしまった。マオに託してきたケーキも、そろそろ焼きあがる頃だろう。

「ハウオリまで来ちゃったことだし、マシュマロ買って、帰ろうか。」

 2人が苦笑した時だった。

「いてっ!」

 突然ハウが頭をおさえた。
 どうしたの、とカイが口を開こうとした瞬間、ぴしっ! カイの頭にも何か降ってきた。

「いたっ! 何……!?」

 それは植物の種だった。タネマシンガンだ。カイが上を見たのと、カイのドデカバシがいきりたった大声を出して技の構えに入ったのとは、ほぼ同時だった。

「ぴいこ!?」

 ドデカバシはカイの指示を待たずに、交番横の木に向かってロックブラストを繰りだした。射出された石の弾丸が、カイたちを狙って降り注ぐ種の群れを次々にはじき飛ばす。石弾の勢いはタネマシンガンの狙撃手に届くまで衰えなかった。
 ケララッパが1羽、悲鳴を上げて木の中から飛びだした。たぶんツツケラたちの仲間だろう。ボスかもしれない。
 ツツケラを追われて怒ったケララッパと、トレーナーを攻撃から守ろうとするドデカバシが、空と地上でにらみあった。

「なんだなんだ、どうしたきみたち、大丈夫か!?」

 騒ぎを聞きつけ、交番からお巡りさんが1人飛び出してきた。かっぷくの良い中年男性だ。すぐ後ろにはブルーを連れている。
 カイたちはケララッパを刺激しないようにゆっくり木から離れると、お巡りさんに事情を説明した。ツツケラにマシュマロを取られてしまったこと、ツツケラを追ってここまで来たこと、ケララッパにタネマシンガンで威嚇されてお騒がせしてしまったこと。
 状況を理解したお巡りさんは、2人に双眼鏡を貸してくれた。

「少し前からこの木にツツケラの群れが住み着いてね。全部で7羽。たぶん、きょうだいだと思うんだけど。最近、そのうちの1羽がケララッパに進化して、巣をかけ始めたんだ。」

 お巡りさんの言う通り、枝葉の中、3羽のツツケラが隠れて固まっている側に巣らしきものがあるのが、双眼鏡のレンズ越しに確認できた。

「ツツケラたちはやっぱりきょうだいが気になるんだろうねえ。みんなで一生懸命巣作りを手伝っているのさ。マシュマロも巣材にするつもりで持っていったんじゃないかな。」
「マシュマロを巣材に、ですか。」
「そうなのです。どうやら白くてふわふわした巣材が好きみたいだねー。」

 答えたのは女性の声だった。カイとハウが振り返ると、ブロンドの長髪を絵の具で彩った女性が交番から出てきて「アローラアローラ」と微笑んだ。マツリカだった。

「わー、奇遇だなマツリカ! アローラ! メレメレ島に来てたんだー。」
「うん。今日はカイくんたちとお菓子作りができればいいなって思ってたからね。でもその前にどうしても、ここのケララッパの巣をスケッチしたかったの。ちょうど今が巣作りの佳境だそうで。」

 聞けばマツリカは、ハウオリ交番のお巡りさんと親交があるらしい。

「俺とマツリカちゃんがブルー友達なんだ。似顔絵も描いてもらったもんな。」

 お巡りさんがブルーの頭をなでると、ブルーも得意げにぴょんと跳ねた。交番横の木に巣をかけたケララッパ一族のことは、ブルー談義の傍らお巡りさんがマツリカに話していたそうだ。
 カイとハウはマツリカにも自身らの状況を説明した後、マツリカのスケッチブックを見せてもらった。そこには生い茂る木の葉に守られながら懸命に巣を作るケララッパの姿が、丁寧に描かれていた。

「やっぱりマツリカの絵はすごいなー。」

 感心しきりでスケッチブックを返すハウに、マツリカは「ありがとー」と嬉しそうな様子だった。

「おーい、カイー! ハウー!」

 その時、アセロラの声が聞こえた。
 振り向けばアセロラとスイレンが、こちらに駆け寄ってきていた。彼女らに先行して、3羽のツツケラが木の中に逃げ帰るのも見えた。彼らを迎えるためか、ケララッパもドデカバシとのにらめっこを止め、ぴゅっと巣に戻った。アセロラはマシュマロ袋を1つ持っていたから、どうやらカイたちと同じく3分の1は奪還に成功したようだ。

「あら、マツリカさんもお越しだったのですね! アローラ!」
「マツリカもマシュマロを追いかけてくれてたの?」

 カイたちはスイレンとアセロラに今までのことを話した。
 アセロラたちも一番道路逃走劇の果てにここまで至った経緯を聞かせてくれた。リリィタウンまでは行かず、ぐるりと大回りをしてハウオリシティにやって来たそうだ。アセロラの隣でユキメノコがくったりしていたので、あのはしこいツツケラたちにかなり翻弄されたとうかがえる。

「それにしても、変わったツツケラですね。マシュマロを巣材にしてしまうなんて。」
「こないだなんてどこかからモンメンをたくさん運んできて、大変だったんだぜ。嫌がったモンメンが一斉に風を起こして、道行く人の帽子とか郵便屋さんの手紙とかが、巻き添えでぶっ飛んじゃってさ。」
「そ、それはお疲れ様でした……。」
「白くてふわふわのものは、なかなか見つけるのが難しいのかもしれないね。」
「白くてふわふわ……。」

 あ! と出し抜けに声を上げたのはスイレンだ。

「それならあれがいいんじゃないでしょうか、カイさん。」

 ニャースたちの、とスイレンが言葉を続けたところで「ああ!」と先にハウが合点した。

「カイ、あれだよー。ニャースたちがぼろぼろにしちゃったクッション!」

 それでカイも理解した。あの中綿を提供すれば、ツツケラたちは無茶な巣材集めを控えてくれるのでは、とスイレンは提案しているのだ。カイがうなずいたのを見て、ハウは巣のかかっている木に1歩近づいた。

「おーいツツケラ、ケララッパー! おれたちに付いておいでよ! モンメンよりマシュマロより巣材にぴったりの白くてふわふわなもの、たくさんあげるよー。」

 ツツケラたちがちょっぴり顔を出した。ケララッパの両脇に3羽ずつ頭を並べて、葉の間からこちらをのぞいている。けれど相手はさっき追いかけっこをしたばかりの人間だ。まだ警戒のほうが先立っているのだろう。降りてはこなかった。
 しびれを切らしたのは、カイのドデカバシだった。白くてふわふわの巣材に興味をひかれつつも、ぐずぐず動こうとしないケララッパたちに、グワアーッと一喝、大声を響かせた。そのまま二、三言ガァガァと続けていたから、ドデカバシなりにケララッパたちを説得してくれているのだろう。やがてケララッパたちは顔を見合わせた後、そろって木から飛び出して、カイたちの足元に降り立った。ツツケラたちがピィ、チィ、パッと順番に鳴いて、白くてふわふわの巣材が欲しい意思を伝える。

「可愛いー!」

 ちゃっかりアセロラに頭をなでてもらって目を細めているツツケラもいた。

「巣に持っていっちゃったマシュマロは、俺が回収しておくよ。衛生上もあまり良くないだろうからね。」

 お巡りさんが申し出てくれたので、カイたちはありがたく任せることにした。

「ところで、遅くなっちゃったけど、わたしもカイくんの家、行ってもいいかな。お菓子作り、やることまだ残ってる?」

 マツリカが尋ねた。

「ああ、大変な仕事があるのです。マツリカさんが加勢してくださってさえ、わたしたちの手に負えるかどうか……。」

 スイレンが大げさに頭を抱えてみせた。それから少し緊張した面持ちのマツリカに向かって、にこーっと口元に虹のような弧を描く。

「盛りつけと、試食なのですけれど。」

 スイレンの笑みはマツリカに、そしてカイとハウとアセロラにも拡がった。

「それは大変だ。このマツリカ、誠心誠意、挑みます。おー、ゼンリョクゼンリョク!」

 頼もしいマツリカの言葉に、一同は拍手を送った。  そうして一行は連れだって、カイ宅への帰路についた。ケララッパとツツケラたちも空を飛びながら、カイたちの頭上を付いてきてくれた。彼らを先導するカイのドデカバシを見上げて、ハウが微笑む。

「ぴいこ、まるで群れのリーダーみたいだなー。」

 さっき石と種をぶつけあったポケモンたちは、今はもう仲良く翼を並べていた。案外気が合ったらしい。
 アセロラとスイレンは、ハウオリシティの食料品店でマシュマロを買って行くということで、ひと足先にカイたちが家に到着した。

「カイ、おかえり! マシュマロどうなった? あれ、マツリカ!?」

 さっそく玄関まで迎え出てくれたマオが、目を白黒させる。マツリカが「アローラ」と手で円を描くのを待った後、カイたちはマオとママに事の次第を説明した。

「……というわけでマツリカと合流して、ケララッパとツツケラたちに来てもらったんだ。」

 ケララッパたちはお行儀よく並んで、短く鳴いた。まるで「お邪魔します」と挨拶しているかのようだ。

「マツリカちゃん、いらっしゃい。それから小さなお客さんたちも。」

 ママが目を細める。クッションの綿をプレゼントすることにも、もちろん賛同してくれた。

「片付けにちょうど良かったわ。そうだ、ツツケラとケララッパにもお茶会に参加してもらうのはどう? 今、ケーキが全部焼きあがったところよ。」

 ツツケラたちは家の中から漂う甘い香りに気がつき、みんなでくんくんと空気の匂いをかいでいた。ケララッパは突きあげたくちばしの先をくるりと巻いて、トゥットゥットゥッと軽快な音を出した。おいしそうなものがあるよ、という期待に満ちた楽しい歌だった。

「可愛いお客様方。ケーキが焼けましたが、ご一緒にいかがでしょうか?」

 カイが尋ねると、ケララッパの歌に気分を高めていたツツケラたちは、ピィ、チィ、パッ! と元気よく返事した。

「どうやらご招待に応じてくれるみたいだねー。」

 ハウがにこにこしてツツケラをなでた。
 カイとハウはお招きに差支えないよう、ツツケラたちとケララッパの体をきれいに拭いてやり、自分たちも手を洗って食卓の準備を始めた。お皿を並べて、ティーカップを出して、カトラリーバスケットにぴかぴかのナイフとフォークをセットする。ポケモンたちにもちょっといい食器を用意してあげた。カイのドデカバシは、いつもと違うきれいな花柄の器に、うきうきと体を揺らしていた。一番大きい平皿はツツケラたちが囲む用だ。
 その間に、マオとマツリカが焼きあがったケーキの盛りつけに取りかかっていた。ひっくり返して冷ましていたシフォンケーキを、マオが器用に型から外して切り分けている。マツリカはケーキに添えるホイップクリームを泡立てていて、ママはアーカラ茶葉をティーポットに入れお茶の準備を進めていた。

「いい匂いー。」

 キッチンからあふれる香りに、ハウが自然と表情をゆるませる。ちょうどケトルもこぽこぽといい音を立てているところだ。
 そうこうしているうちに、アセロラとスイレンがマシュマロを持って帰宅した。彼女らが買ったマシュマロは、なんと8袋。しかもミックスナッツとかキャラメルとか、ポップコーン、板チョコ、チーズ、グミ、バスケットいっぱいのイチゴ、イチゴにかける用の練乳などなどなど……他の食材もしこたま買い込んでいた。

「これは……カフェでも開けそうな感じだね。」
「ツツケラたちも増えたことだし、たくさんおやついるかなーって。えへへ……。」
「ついうっかり。すみません。」

 茶目っけたっぷりに舌を出すアセロラとスイレンに、カイたちはあきれながら笑った。ハウだけは、

「大丈夫ー。もし余っても、それくらいならおれたちぜーんぶ食べちゃう自信あるよー。なーライチュウ!」

 と胸を張っていた。チュウチュウ! とライチュウもハウに続いて胸を張った。
 そういったわけで、無事にお茶会の準備が整った時には、焼きたてのシフォンケーキ、プチカップケーキ、アーカラティーにマシュマロココア、アセロラたちが買ってきたいろんなお菓子が、とてもにぎやかにテーブルの上を彩った。バレンタインデーの特別なパーティに、人もポケモンも同じように目を輝かせていたのは、言うまでもない。

「あっそうかこれ、バレンタインデーのお菓子だっけ。」

 思わず言ったカイに、「そうですよ」とスイレンが笑った。

「カントー流のバレンタイン。カイさんからハウさんに想いを伝えるための手段なのです。」
「言い出しっぺのあたしが言うのもなんだけど、あたしたちは便乗してるだけだからね。」
「でもおかげでエーテルハウスの子たちも楽しみにしてくれてるし、あたしもすっごく嬉しいよ!」
「ハウくんとカイくんの絆によって、新たな幸せが生まれてるわけだね。それってとてもナイスなことです。」

 みんなが口々に言うので、カイとハウはすっかり照れ、顔を見合わせてはにかんだ。
 テーブルに並んだ数々のバレンタインスイーツは、ハウはもちろん、ママもマツリカもポケモンたちも、心から気に入ってくれた。
 中でもシフォンケーキは抜群の出来栄えだった。アーカラ茶葉が香るケーキは、見た目こそ大きいものの、ふわっふわの口溶けで、ひとたびフォークを手にしたらぺろっとお腹に入ってしまった。実際、ドデカバシは2口目でもう器を空にしていたし、ユキメノコは少しずつ食べ進めながらシフォンケーキを抱えて離さなかった。あらかじめマオがお土産分を分けておいてくれなかったら、この場にいる者だけで全部たいらげてしまっていただろう。
 カップケーキはたくさん作ったので、お土産用を除いてもまだ十分みんなに行き渡った。とはいえさすがにニャースたちがカップケーキの大食い競争を始めた時は止め、ポップコーンを食べた量で競うように変更させた。
 アーカラティーはアママイコが特別気に入ったようだ。今度はママがマオに、美味しい紅茶の淹れ方についてレクチャーしている。カイたちがツツケラを追いかけている間、3人はすっかり仲良しになったらしい。
 アセロラ提案のマシュマロココアも大好評だった。ココアの注がれたヒトモシカップは愛らしく、表面に浮かぶマシュマロはまるでヒトモシの体の一部のように見えた。青紫色の炎を模したスプーンでくるくるとかき混ぜると、マシュマロはココアの中に甘くほどけた。

「あまーい。」

 ハウの表情もマシュマロみたいにとろけている。それを見てカイは微笑むと、自分もヒトモシの額にキスをした。同じように「あまーい」と声に出すカイを見て、今度はハウが微笑んだ。
 ナッツやイチゴは、ツツケラたちの口に合ったらしい。半分けんかみたいになって取りあっているところを、「まだあるから慌てないの」とアセロラになだめられていた。エーテルハウスを離れても、アセロラのお姉さん気質は休まるところを知らないようだ。
 ツツケラたちが十分満足するまでナッツとイチゴを頬張った後、カイとハウは古クッションの綿を7つに分けて、持って帰りやすいように形を整えてやった。ケララッパがくちばしの先っぽを丸め、歌い始めた。答えたのはカイのドデカバシだ。ぷっぷくガァガァ、にぎやかに鳴き交わしている彼らはきっと、ありがとうとかおいしかったとか話しているのだろう。よく見るとツツケラもチィチィと会話に加わっていた。
 それからケララッパたちは、白くてふわふわの綿をつかんで、ハウオリシティに帰っていった。空に仲良く並んだ7つの点に向かってカイたちが手を振ると、楽しげな歌が風に乗って届いた気がした。


「さーて、あたしもそろそろ帰る時間かな。」

 翼のあるお客様を見送って、テーブルとキッチンの片付けも終えた後、最初に言ったのはアセロラだった。メレメレ島からウラウラ島までは距離があるし、あまり遅くなってはハウスの子供たちも心配だろう。
 アセロラの言葉を皮切りに、マオもスイレンも「あたしもおいとましようかな」「ホウとスイも待ちかねているでしょう」と帰り支度を始めた。
 マツリカは少し考えていたが、「せっかくだし、わたしは今からメレメレ島の北側に行きます。夕暮れの花園を写生したい」と画材をチェックし、背負い直した。

「いつものお供はスパムおにぎりだけど、今日はケーキだ。」

 マオが包んでくれたお土産の袋を、マツリカはほくほくした顔で鞄に詰めた。
 島の北側に歩きだしたマツリカ。
 ハウオリシティのポートエリアに向かうマオとスイレンとアセロラ。
 友人たちを見送って、ポケモンたちもボールに戻した。
 夕暮れの一番道路に、カイとハウは2人きり。

「カイ。」

 ハウの声は、昼間に太陽の恵みをいっぱい受けた大地のように、ぽかぽかとあったかい。

「今日はすっげー楽しかったよー。それにカイと一緒に作ったケーキ、めっちゃ美味しかった! ありがとー。」
「どういたしまして。私もとっても楽しかった。」
「たまにはカントー風のバレンタインもいいなって、ちょうどおれも思ってたところだったんだよねー。」

 そう言ってハウはかばんを下ろし、何かを取りだした。それは、片手に乗るほどの大きさの透明なボトルだった。中に赤や青や黄色のカラフルな粒がいくつも入っている。

「はい! これがー、今年のおれからのバレンタインプレゼントです。マーブルチョコレートだよー。」

 ハウがカイに手渡したボトルの上部には金色のリボンが結ばれていて、添えられた小さなカードに「ハッピーバレンタイン! おれのアローラへ」とハウの文字で書かれてあった。

「そのチョコ、表面に花の絵がプリントされてるでしょー。これならアローラ流にお花をプレゼントしつつー、カントー流にチョコレートをプレゼントすることにもなるかなって!」

 ハウが得意気に言った通り、色とりどりのチョコレート1つ1つの表面に、繊細な線で描かれた美しい花の模様が浮かんでいた。こちらの黄色いチョコの上にはハイビスカス、そっちのピンクにはプルメリア、あの水色に乗っている2種類の花は、アローラの固有植物ナパーカだろうか。
 見ているだけで楽しいそれらは、花束でもありチョコレートでもあり、バレンタインデーにカイへとびっきりの笑顔をプレゼントしたいハウの想いそのものだった。

「とっても綺麗で、美味しそう。ありがとう、ハウさん! もしかして、今日家に来てくれたのって、これを届けるため?」

 カイが尋ねると、ハウはにこにこ笑ってうなずいた。

「カントー流のバレンタインプレゼントを、まさかカイも用意してくれてるとは思わなかったけどー。」
「ふふ、被っちゃったね。」
「でもおかげでみんなと一緒に楽しくお菓子作りして、美味しいケーキを食べられたよー。最高のバレンタインデーだった!」

 ありがとうね、とハウはカイに向き直った。
 どういたしまして、とカイは答え、ハウに身を寄せる。ハウはカイの腰に手を回すと、2人の距離をさらに縮めた。そうしてハウは、じっとカイを見つめる。無数の星を抱く夜の色にも似た黒い瞳の中に、今はただ1人カイだけがいる。

「愛してるよ、カイ。」
「私もあなたを愛しています。」

 答えてカイは、目を閉じた。
 静かで温かな暗闇に包まれていると、よくわかる。ハウの指先が頬をなでる感触も、とくとく鳴っている自分の心臓の音も。
 ハウの指が、つっとカイのあご下にすべりこみ、優しく力を加えて持ちあげた。
 カイとハウの一番やわらかで繊細な部分が、互いを重ねてしっとりと体温を交わらせた。
 目を開けると、ハウの微笑みがすぐ側にあった。
「アローラ」とささやいた声に「アローラ」と答え、2人は共に紡ぐ時間の1秒ずつを慈しんだ。