第1幕 アローラでの冒険編

花束とキュワワーと

「ハッピーバレンタイン、カイー!」 挿絵:満面の笑みで花束を差し出すハウ。花の中からキュワワーが飛びだしてきた!  ハウが差し出した花束を喜んで受け取ろうとすると、突然キュワワーが飛びだして勢いよくカイに抱きついた。

「わ、キュワワー!?」
「そ! 今年のおれからのバレンタインプレゼントは、花束とキュワワーだよー。びっくりした?」

 ハウはいたずらっぽく笑みを浮かべ、カイの返事を待っている。キュワワーも腕の中からカイを見上げ、同じようにわくわくとした様子だ。きっとこの瞬間のために、どこに潜っておくかとか、どんな合図で飛びだすかとか、2人でいろいろ計画を練っていたのだろう。その光景を想像するとなんだか微笑ましくて、カイはくすくす笑いながらうなずいた。

「すごくびっくりした。ありがとうハウさん、キュワワー!」

 でもどうして急にキュワワーを? サプライズが上手くいって喜んでいるハウとキュワワーを横目にカイはいぶかしんだ。しばらく考えて、あっと思い当たる。



 少し前、ハウと一緒にマルチバトルでバトルツリーを登っていた時のことだった。順調に勝ち進んでいた2人だったが、結構な高さまで来たところで惜しくも敗退した。

「ああぁ……ごめん、ハウさん。私の判断ミスだった……。」
「ううんー。おれだってもっといい戦い方できたと思う。カイのせいじゃないよ。」

 ハウはそう言って慰めてくれたが、それはひとえに彼の優しさによるもの。自分の選択や戦略に、大きな穴があったことをカイは痛感していた。ハウのポケモンたちは、少々の遅さや防御の甘さはいとわず高い威力の攻撃を得意とする。であればカイのポケモンは、その長所を活かしたり苦手に対処したりする役回りに徹した方が、良い結果になることもあるだろう。少なくともさっきの敗北戦はそうだった。

「つまり私の戦略、いやチーム編成から見直し……サポートが得意なのはタブンネ? でもイッシュ地方のポケモンだしメガストーンも……そうだ、アローラならキュワワーとか!」

 ぶつぶつと考えた果てに思いついて叫んだ時、ハウと目が合ったのを覚えている。ハウは少し驚いたような顔をして、まじまじとカイを見つめていた。その場はお互い気恥ずかしげに笑み交わして終わったのだが、きっとハウはカイの叫びを気にかけていてくれたのだろう。



「キュワワー、大切に育てるね、ハウさん。」

 花束を抱え、ふわふわ浮かぶキュワワーに鼻先でキスをして、カイはにっこりと笑った。ハウも「うん」と答えてやわらかな表情を見せたが、やがてうつむいて目を泳がせた後、何か言いたげにカイと視線を合わせた。

「あのさ、カイ。」

 改まったハウの物言いに、カイもちょっとどきっとして「はい」と背筋を伸ばす。

「おれー、頼りないかもしれないけどー、どんな相談だって乗るから。」

 相談に乗ることとキュワワーをプレゼントすることとどういう関係があるのだろうと得心しない様子のカイに、こないだのバトルツリーの後、とハウは言葉を重ねた。

「カイ、自分の判断が悪かったって思いつめて、おれの話聞いてなかったでしょー。おれだってあそこで気合い玉を選ばないほうが良かったとか、守るを採用した方がいいんじゃないかとか、いろいろ言ってみたのにさー。」

 ぎくりとした。ハウさんそんな話してたのか。自分のことで頭がいっぱいで、全然記憶になかった。だがカイが罪悪感に囚われる前に、ハウは「まあそんなことはどうでもよくってー」とカイの両手をぎゅっと握って包みこんだ。

「とにかく1人で悩まないでほしいんだ。なによりおれが、カイと楽しくバトルしたいんだ。おれ、まだ全然カイにとって満足いくレベルじゃないかもしれないけど……」

 気弱に揺れるハウの瞳は、しかしカイの視線を捉えた時、強い光をたたえていた。

「おれはこれからもカイのパートナーでありたい。だからー、また一緒にバトルツリー登ってくれる?」

 つないだ手から、ハウの体温が伝わる。その真剣な眼差しに見据えられ、カイは胸の奥に火が付くような心地がした。こんなに近くにいてくれる人を置いて、私はどこへ行こうとしていたんだろう。

「こちらこそ、よろしくお願いします。」

 カイの答えを聞いた瞬間、ハウは持ってきた花束にも負けないくらい、顔をほころばせた。もっともカイがその色を長く眺めていることはできなかったのだけれど。なぜならハウは笑顔と同時に、カイに大きなハグをプレゼントしたからだ。

「カイ、大好きだ。」

 耳元でささやく声は、いつもよりやたらよく響く。ぎゅうっとカイを抱きしめるハウの体は温かい。口を開けたら心臓が飛び出てしまうような気がして、カイは黙ってこくこくとうなずいた。
 いつの間にどこから摘んできたのだろうか、キュワワーが2人の頭におそろいの花冠を落として、祝福するように鳴き声を上げた。