ハウとカイのバトルバイキング!
バトルバイキングに行こうと誘ってきたのは、ハウのほうからだった。
「期間限定メニューやってるんだってー。」
にこにこと彼がカイに差し出したチラシを見れば、今にも湯気が漂ってきそうな熱々ステーキが中央にででんと印刷されている。
猛突進!シャトーブリアンステーキ
幻の赤身肉と呼ばれるシャトーブリアンがついにバトルバイキングに登場!
希少部位のさらに芯だけを用いたステーキは、とろけるようなやわらかさ……
ほどよく乗った脂はしつこすぎず上品な後味……
極上の味わいに向かって猛突進!
誰よりも早く勝ち取れ!
「わあ、美味しそう。」
「でしょー! ねえ、今日の夜ご飯に行かない?」
カイがうんうんと首を縦に振るのにそう時間はかからなかった。
というわけでその日の夕刻、カイはジュナイパーを、ハウはアシレーヌを従えて、バトルバイキングの受付を済ませていた。
バトルバイキングとは、ポケモンバトルとバイキング料理の両方を楽しむことができるハウオリショッピングモールの名物施設だ。参加者は早い者勝ちで欲しい料理を取りに行くが、同じ品を求める他者がいればポケモンバトルのスタート。勝者だけがテーブルに皿を乗せられる。
「ぐずぐずしてたらお腹いっぱいになれないもんねー。速攻でバトルを終わらせられるよう、アシレーヌの技構成調整してきたよー。」
やる気満々のハウの目は、食欲にめらめら燃えている。アシレーヌも自信たっぷりに高い鳴き声を上げた。
「シャトーブリアンは絶対おれが取るからねー!」
「ふふっ、ハウさんには負けませんよ。」
カイとハウはぱちんと火花を交差させ、それじゃあまた後で、と各々が目指す料理に向かった。
「まず前菜にリンドサラダでしょ。パスタも欲しいな……あっ、あれも美味しそう。マルクは何が食べたい?」
きょろきょろと辺りを見回しながら、カイは相棒のジュナイパーに尋ねた。
料理置き場は、満開の花壇にも劣らない色にあふれていた。こっちの惣菜はメレメレの花園をあしらっている。あっちの青いゼリー寄せはたぶんハウオリビーチだ。
凝っているのは料理の盛り付けだけではない。食器にモンスターボールの模様が描かれていたり、卓上備品がポケモンをモチーフにしたデザインだったりと、細かなところまで遊び心に満ちていた。今日のウォーターピッチャーはギャラドス型だ。
料理置き場の隣に設けられた専用のバトル場では、もう料理争奪のポケモンバトルが始まっていた。新たな料理が運ばれて来たことを知らせる軽快なベルの音が、戦闘開始のゴングとなってポケモンの咆哮に飲まれていく。香ばしい匂いと熱気は、皿上の肉が放つものか、繰り出された炎タイプの技によるものか。
お目当てをゲットして顔をほころばせるトレーナーとポケモンたちの傍ら、同じ数だけいるはずの敗北者の嘆きがほとんど聞こえてこないのは、落胆する暇もなく次を取り合う戦いが始まるからだった。
ジュナイパーがくるるっと声を出して「あれが欲しい」とカイにねだった。同時にその料理に視線を向けている参加者が1人。さあ、カイのバトルバイキングもいよいよ開始だ。カイはジュナイパーにうなずくと、対戦相手に会釈してバトル場に立ち、
「マルク、リーフブレード!」
相手のゴルダックをあっという間に下して1品目を勝ち取った。
戦利品を自分たちのテーブルに運び、また争奪戦に勝利しては自席と料理置き場を往き来する。その最中、カイはちらりとハウの様子を伺った。どうやら向こうも順調そうだ。ハウもカイに目をやり、にこっと笑った。
「あー、それおれの好きなオムレツ! 取ってくれたの? カイが食べたいの選んでくれていいのにー。」
すれ違いざま、カイの持つ料理を見てハウがはにかむ。そう言うハウのほうこそ、皿に乗せているのはカイの好物のお寿司だった。
さて、制限時間は残りわずか。料理置き場という花園に満ちていた色は、思い思いのアレンジメントとなって各テーブルを彩った。目の前の料理とバトルに夢中だった参加者たちも次第に今日の主目的が気になり始めた頃、そのベルは鳴り響いた。
「猛突進シャトーブリアンステーキ、焼き上がりましたぁ!」
店員が叫び示した提供台に、カイもハウもポケモンたちも、場にいた全員が視線を走らせた。
見るからに特製の食器に、その料理は鎮座している。こんがりついた焼き色。ふわりと漂う香り。用意されている数は多くない。カイはごくりと唾を飲みこんで、他の人に負けじとシャトーブリアン争奪戦の挑戦者に名乗りを上げた。
幸運なことに今日のトレーナーたちとは相性が良かった。これまでのところ欲しい料理は全部取れたし、ジュナイパーもまだまだ余裕がありそうだ。限定メニューのためさぞ厳しい戦いになるだろうと思って用意したとっておきのジュナイパーZも、カイのZリングにはめこまれたまま、まだ一度も輝いていなかった。この調子ならステーキは遠くない。
「ハウさんのためにもシャトーブリアン絶対ゲットだ! 頑張ろうね、マルク!」
ジュナイパーが威勢よく鳴いてカイに答えた。
シャトーブリアンステーキの希望者を確認し終えた店員が、バトル場にカイを案内した。ところが采配された対戦相手を見て、カイは一瞬息を止めた。
「ハウさん……!」
ハウのほうもちょっと驚いたようだ。だが、彼はすぐに困惑を決意の光に変えて、正面に立つカイを見据えた。
「もしかしたらこうなるかもしれないって、思ってた。カイは誰よりも強いから。」
少し微笑み、「でも」と言葉をつなぐ。
「カイだからって、いやカイだからこそ、負けるわけにはいかないんだ。シャトーブリアンは絶対におれが取る! カイ! 本気で本気の勝負だよー!」
ハウがバトル場にアシレーヌを繰り出した。カイはまだ戸惑いつつも、ぐっと拳を握った。本気で本気の勝負。もちろん今日の目当ては限定メニューのステーキだが、バトルバイキングの醍醐味は美味しい食事だけではない。料理を取り合うという極上の緊張感を伴うポケモンバトルを本気で味わいたい、というのがハウにとって最高のディナーなら、それに応えることはカイの望むところだった。
「マルク、行こう!」
握り拳をバトル場に向かって勢いよく開き、カイはジュナイパーを繰り出した。
「どっちが勝っても恨みっこなしですよ、ハウさん!」
ハウがにっと口角を上げた。それが両者の気持ちが固まった合図だった。
「一撃で終わらせるよ、マルク! リーフブレード!」
ジュナイパーが大きく両翼を広げると、風切り羽に刃の鋭さが宿った。淡い光を帯びた羽を剣のように相手に向け、ジュナイパーは一気に距離を詰める。この速さにアシレーヌは付いてこれまい。ジュナイパーが目標を捉え、一閃! 降りおろした攻撃が致命傷を与えたことは疑いようがなかった。が、
「そう来ると……思ったよ!」
ハウの表情がバトルは終わっていないことを告げていた。事実、アシレーヌは大きくのけぞりはしたものの倒れていない。タイプ相性はこちらが有利のはずだし、今までハウとの戦いで、この攻撃をアシレーヌが耐えたことはなかった。どうして、と驚くカイの目に入ったのは、アシレーヌの口元にこぼれた緑色の粒だった。
「あれはまさか……リンドの実!?」
効果抜群の草タイプ技のダメージを和らげるきのみだ。その通り! とハウは胸を張った。
「さっきアシレーヌにリンドサラダを食べさせておいたんだー! 万が一カイと戦うことになった時の秘策にね。今度はこっちから行くよ、カイ! おれたちのとっておき、最高最強ゼンリョク技!」
ハウのZリングが青い輝きを放った。アシレーヌが同じ色の光をまとい、頭髪のように見える後ろ毛が逆立った。高らかな歌声に応じて水が集まり、アシレーヌの頭上に大きな球が生じる。
カイがジュナイパーに視線を送ったのと、ジュナイパーがカイを振り向いたのは同時だった。カイは相棒と目を合わせてうなずくと、ハウと同じようにZリングを高々と掲げた。
「私たちだって、とっておきを残しておいたんだから!」
クリスタルを通じて、カイの身体中に力が満ちていく。それは古くからアローラに伝わる大地のエネルギーであり、共に生きるジュナイパーの鼓動にも似た波動だった。ジュナイパーの温かな羽毛に身をうずめた時のような、安らかで力強い光に包まれるのを感じながら、カイはそのオーラをゼンリョクでジュナイパーに送りこんだ。
「行けマルク! シャドーアローズストライク!!」
「響かせろアシレーヌ! わだつみのシンフォニア!!」
数多の矢羽をまとったジュナイパーの突進と、アシレーヌの歌が操る巨大な水球がぶつかりあった。はじけた泡が爆風に混ざり、雨となってトレーナーたちを襲う。思わず腕を上げて顔をかばいながらも、戦局の行方を見定めようとするカイが確認したのは、バトル場にすっくと立つジュナイパーと、倒れたアシレーヌの姿だった。
隣でバトルしていた参加者たちも、あえて別の料理を取りに行っていた者たちも、給仕係も、店の外の通行人も、カイとハウのすさまじい戦いに目を奪われていた。誰もが息を飲んで見守る中で、ハウはがっくりと頭を垂れた。
「やっぱりカイには敵わないなー。」
ぱちぱちと拍手が湧いて、カイが肩の力を抜いた時、満面の笑みをたたえた店員がシャトーブリアンステーキを2皿、カイに持ってきてくれていた。
「はい、ハウさん、あーん。」
ひと口サイズに切り分けたシャトーブリアンステーキを、フォークで刺してハウの口元に差し出す。ハウはかなり照れているが、カイに促されると口を開けて、ぱくっとステーキにかぶりついた。とたん、瞳をきらきらと輝かせる。
「めちゃくちゃおいしーっ!」
ハウの歓声は周囲の談笑に溶けて、ふわふわと天に昇っていった。
激しいバイキング料理争奪戦を終え、参加者たちは席について穏やかなディナータイムを過ごしていた。心ゆくまで飲み食いしながら、人もポケモンもバトル後の至福のひとときを享受している。もちろんカイたちもその一員で、ジュナイパーとアシレーヌも普段とは違う豪華な食事に舌鼓を打っている真っ最中だった。バイキングメニューには、ポケモンのための料理も色々用意されているのだ。
「来た甲斐があったね。」
「うん! でもー、ほんとはおれがカイにシャトーブリアン食べさせてあげたかったなー。」
ハウが残念そうに言うので、カイはふふふと不敵に笑った。
「勝ち取った料理を誰の口に入れるかは、勝者の自由なので。」
と、ステーキをもう1切れ差し出すと、ハウはおとなしくそれにぱくついて、幸せそうな、ちょっと困ったような顔をする。
「おれにばっかり食べさせてないでー、カイも食べなよ。すっげー美味しいよ!」
「はーい。ちゃんと頂きますからご心配なく。」
というわけでカイは、今度は自分用にステーキを切って口に運んだ。そのやわらかさはナイフを入れた時から予想していたが、実際歯に当たったそれはまるでほどけるよう。噛むがままに崩れる肉から、温かな旨味の汁がじゅわっと口中に広がって、香ばしい脂の奥からはほのかな甘みが染み出してきた。
「すごい……美味しい!」
「でしょー!」
今日の目的を共に果たすことができて、ハウは嬉しそうだった。
それから2人は、他の品々も存分に楽しんだ。カイの好きな具材が入ってるから、とハウが取ってきてくれたマーボーはとびっきりの味がしたし、カイがハウのために選んだチーズピザも大層ハウのお気に召した。ただリンドサラダは、ハウよりもアシレーヌの好みに合ったらしい。
「まさかリンドサラダでリーフブレードに耐えるなんて、びっくりしたよ。」
サラダを一生懸命に頬張っているアシレーヌを眺めながら、カイはしみじみと先のステーキ争奪戦の感想を述べる。
「バトルバイキングならではの作戦だったでしょー。」
ふふんと得意気な様子のハウだったが、すぐに「でもじつは」と付け加えた。
「待ちきれなかったアシレーヌが、リンドサラダつまみ食いしちゃっただけなんだけどねー。あんなに効果があるとは、おれも思わなかったよー。」
ええそうなの、と目を丸くするカイ。そうなのーとオウム返しするハウ。それから同時に吹き出して、2人でけらけらと笑い声を上げた。バトルもバイキングも、ハウと一緒なら最高に楽しい。
「また来ようね、ハウさん。」
「もちろん! 次こそはおれがカイに食べさせてあげるんだからー。」
「おっとそれはどうかな。まだまだ負けないよ。ねーマルク。」
ジュナイパーが皿から顔を上げ、元気よく返事をした。その口元についた食べこぼしをカイは優しくぬぐってやる。ハウはそんなカイたちのやりとりを、愛しそうに見つめていた。
こうしてカイとハウとポケモンたちの、美味しい夜は更けていった。