第1幕 アローラでの冒険編

Let's enjoy CARNIVAL!!

「アローラー! 潮風に誘われ遊びに来たよー!」

 元気いっぱいに手を掲げて、ハウとライチュウがカイの家にやって来た。メレメレ海の潮風はかなりお誘い上手らしく、こうしたハウの来訪は特に珍しいことでもない。カイが「アローラ! いらっしゃい」と彼らを招き入れると、ハウたちも慣れたもので「おじゃましまーす」「チュウチュウ!」と居間に上がった。ハウは通りすがりに寝そべっているニャースの頭をなでて、ぬにゃあーと鳴き真似をしている。たぶんあれがニャース語でアローラという意味なのだろう。

「見て見てー! いいものゲットしたんだー!」

 リュックをテーブルの側に下ろし椅子に座って、ハウが取り出したのは1組のトランプだった。描かれている絵柄は、モクロー、ニャビー、アシマリや、にょっきりながーい首のナッシーなど、アローラではおなじみのポケモンたち。それぞれハイビスカスや青い海を背景にしたこの地方の雰囲気そのままのイラストで、中にはアローラ・フラを踊っているヤレユータンや、サーフボードに乗った白いロコンもいた。

「わー、可愛いトランプだね!」
「でしょー。早速カイと遊ぼうと思ってー、持ってきたんだー。」

 にいっと歯を見せながら、ハウはトランプの束をくる。滑りが良すぎてかえってカード同士くっつき、ちゃきちゃっちゃきと変なリズムを刻むのが、いかにも新品らしかった。

「いいね。何しようか?」
「うーん、じゃあー、メモリーやろう!」
「メモリー?」
「知らない? こうやってートランプを裏向きにして並べてねー、2枚ずつめくってくんだ。で、数字がそろったらカードを取れて、もう1回めくれるー。最後にたくさんカードを持ってた人の勝ち!」
「ああ、神経衰弱か。」
「へー、そっちではそう言うんだー。」

 ハウはよく知る遊びを指すなじみの薄い単語を、面白がって繰り返す。「しんけーすいじゃく、しんけーすいじゃく」と数回つぶやいた後には、裏向きになったカードがテーブル一面に散らばっていた。

「よーし準備オッケー! 順番決めよー。」
「ぬにゃあー。」

 カイの代わりに答えたのはニャースだった。さっきまで玄関の近くにいたのに、いつのまにかこちらに来ていたらしい。ニャースはカイの膝の上に陣取ると、カイとテーブルの隙間からぴょこっと顔を出し、広げられたカードを見つめていた。

「おー、ニャースも一緒にやる?」
「ぬにゃあ!」
「えー、ニャースにトランプできるかなあ。」
「あははー、どうかなー?」

 首をかしげる2人に、ニャースは「できるよ」と言わんばかりにぬにゃあともうひと鳴き。
 さらに空中に浮かんでカードが並べられるのを眺めていたライチュウが、ほとんど落ちるようにして勢いよくハウに飛びつくと、ニャースに負けないくらい元気いっぱいの声を上げた。

「うわわっ。ライチュウも一緒にトランプしたいのー?」
「チュウー!」
「えーっライチュウまで!? 大丈夫かなあ。」
「んー、まあなんとかなるんじゃない? カイん家に遊びに行くの、昨日の夜からずっと楽しみにしてたもんねー、ライチュウ。」

 ライチュウはハウに身体をすり寄せると、ご機嫌な鳴き声で答えた。
 それからハウは、カードをめくりながら2匹にゲーム内容を説明する。時々うなずくようなそぶりを見せて聞くライチュウと、カイの膝の上で耳をぴくぴく動かしてじーっとハウの手元を観察しているニャース。ポケモンがトランプのルールを理解できるかどうか定かではないが、そんな彼らの様子を見ていると、まあ細かいことは気にしなくていいかという気分になり、カイは肩をすくめた。

「じゃあ始めよっかー。まずは順番を……」

 とハウが言い終える前に、ライチュウはテーブルの上に踊り出て、カードを1枚ぱたんとひっくり返した。「あー!」とハウがさけんでいる間にもう1枚。「ライチュウまだめくっちゃだめだよ」とカイが言うのをバックグラウンドミュージックにして3枚目。表を向いたのは5、8、6のカードで全然数字はそろっていなかったのに、ライチュウはなんだかとっても嬉しそうな様子で高く歓声を上げながら、4枚目もぱたん、5枚目もぱたん。次々にぱたんぱたんぱたんぱたん……

「ぬにゃあーっ!」

 突然ニャースがテーブルの上に乱入した。とっさに抑えようとしたカイの手をするんと抜け、ニャースは表向きになったカードに飛びかかる。あっちのカードにぴょんと移動し、こっちのカードに大ジャンプ。ライチュウはますます興奮して片っ端からカードを返していく。

「ニャースっ!」
「ライチュウ、ストーップ!」

 2匹を止めようと、カイとハウは同時に身を乗り出した。ちょうどその時ニャースとライチュウがテーブル中央にそろっていたから、自分のポケモンを捕まえることだけに集中していた2人は、真ん中で鉢合わせて、ごっちーん! しこたま頭をぶつけてしまった。その拍子にハウはバランスを崩し、ライチュウを抱きかかえたまま椅子から派手に転げ落ちてしまう。どったーん!

「いったたた……ハ、ハウさん! 大丈夫!?」

 仰向けにひっくり返ったハウのお腹の上でライチュウが楽しそうに手足をぱたつかせており、その下から「だ、だいじょうぶー」と苦笑いを伴った声が聞こえた。床には頭を打ちそうな物も置いていないし、とりあえずは無事だろう。カイがほっとして腕の中のニャースを見ると、ニャースは何枚かのトランプを手に持って満足そうな様子だった。しかもすべて同じ数字が2枚ずつそろったペアカード。どうやらニャースはゲームの目的は理解していたらしい。

「なんだかすごい音が聞こえたけど大丈夫?」

 カイがハウを助け起こしているところに、ママが自室から出てきた。

「あらハウくん、いらっしゃい。」
「おじゃましてまーす。」
「ハウさんが持ってきてくれたトランプで遊ぼうと思ったんだけど、ちょっとポケモンたちの元気があり余ってて。」

 ママはくしゃくしゃの髪を結び直しているハウを眺め、カードを抱えこんでご満悦のニャースを見つめ、「なるほどね」と笑った。それからテーブルの上に散乱したカードの1枚を手に取る。

「まあ、この絵柄すごく素敵ね。」
「でしょー! おれのお気に入りはねー、これー。」

 ハウがぱっと拾いあげて見せたカードに描かれていたのは、ピチューとピカチュウとアローラライチュウの3匹がそろったイラストだ。真ん中のライチュウがウクレレを持っており、あとの2匹が両脇で跳ねている。

「うん、とっても可愛いわ。」
「ライチュウが弾いてるウクレレのメロディが今にも聞こえてきそうでー、好きなんだー。」
「だったら本当に聞いてみる?」

 ちょっといたずらっぽく言ったママの言葉の意味を、カイもすぐには理解できなかった。頭の上に「?」を浮かべる2人を尻目に、ママはいったん部屋に入ると、まもなく戻ってきた。手にしていたのは1本のウクレレ。

「じゃーん。」
「わー、ウクレレだー!」
「ママ、ウクレレなんて持ってたの?」
「最近習い始めたのよ。」
「こないだはアローラ・フラを習い始めたって言ってなかったっけ?」
「それがね、フラをやっていると音楽にも興味がわいてきちゃって。」

 ぽろろんとウクレレを弾きながら、ママはフラの腰つきでゆらりと回る。それから「はい」とウクレレをハウのライチュウに差し出した。

「ここをこうしてはじくと、ほらっ、音が鳴るのよ。」

 ライチュウは早速ママを真似てウクレレを持つと、弦に手の先っぽを乗せて動かす。びぃんっと音が鳴ったので、ライチュウは耳をぴんと立ててびっくりしたが、すぐに嬉しそうな様子でもう一度弦に触れた。びぃんっじゃらーんぽろろん!

「上手よ、ライチュウ!」
「すげー、トランプの絵とおんなじだー!」

 誉められてライチュウはさらに何度も弦をはじいた。それは楽譜も技術もないでたらめな演奏だったけれど、カイとハウはにこにこと手をたたき、ママは即興でフラを始めた。

「せっかくならお外で踊りましょうよ! ほら、カイもハウくんも!」

 ママに誘われ、カイもハウもライチュウもニャースも、みんなそろって外に出た。
 ライチュウはウクレレを念力で持ち上げれば楽なことに気づいたようで、ふわふわと宙に浮かぶウクレレを、同じくふわふわと宙に浮かぶしっぽに乗ったまま弾く独特の演奏スタイルを取っていた。

「トランプの絵と違うけどー、これはこれで面白いねー。」

 ハウがくすくすとカイに耳打ちした。
 だんだんウクレレに慣れてきたライチュウがメロディらしいメロディを奏で始めたので、ママも調子よくステップを踏んでいる。
 するとちょっと不思議なその光景に誘われて、近くを歩いていた観光客やスクール帰りの子供たちが、なんだなんだと寄ってきた。

「ライチュウのウクレレおひろめ会なの! 皆さんもさあ、踊って踊って!」

 ママの声に最初に応じたのは、観光に来ていたノリのいいお兄さんだ。その次はニャースで、にゃっにゃっと歌うように鳴きながらママの足元をくるくる回った。それを見ていたスクール生が

「よその地方のニャースだ。」
「しかも歌うニャースだぜ。」
「えーっ、歌ならあたしのポケモンだって!」

 とピンプクをモンスターボールから出したので、ぼくもおれもと赤白のボールが続けざまに舞い、キャモメにキャタピー、ヤングースが飛びだした。
 ライチュウの伴奏に、思いついたままの動きで踊るママとお兄さん。ニャースとピンプクがそのリズムに合わせて歌うと、子供とポケモンたちはぴょこぴょこ跳ね回った。

「なんだかすごくにぎやかな感じになってきたねー。カイ! おれたちも踊っちゃおー!」

 ハウが手を引くので、最初は少し照れていたカイも、なんとなく腕や足を動かし始めた。そうしていったんはずみがついてしまえば、後はもうメロディとリズムが背中を押す。次第に体も温まってきて、カイはハウと「へへ」と笑み交わした。
 そんな2人の頭上で、ライチュウがぐるんと大きく回転して飛びながらウクレレの音色を降らせた。なかなかアクロバティックな奏者である。

「あたしもウクレレ弾いてみたいなー。」

 見上げてつぶやいたのはピンプクを出したスクールの女生徒で、観光客がそれに便乗した。

「あっ、俺もっす! せっかくアローラに来たんだし、どうせならもっといろんなアローラの楽器も見てみたいっすね。」
「そういうことならー。」

 ハウがぱっと名案を思いついた顔をし、「ちょっと待っててねー」とリリィタウンに向かってダッシュした。
 しばらくして戻ってきたハウは、ウクレレを2本持っていた。さらに後ろに連れているケケンカニには、何かを山のように抱えさせている。派手な羽飾りがついたハンマー状のもの、2本1組の竹棒、ひょうたんを加工した太鼓など、カイにはなじみのない物ばかりだったが、たぶんアローラの伝統楽器なのだろう。そんなにたくさん誰が演奏するのかと思ったら、ケケンカニの巨体の影から、リリィタウンの子供たちがひょこっと顔をのぞかせた。いや子供だけではない。仕事や相撲の稽古を終えた若い衆に、その連れのポケモンやしまキングのハラさんまで、ハウと一緒にやって来ていた。

「ずいぶん楽しそうな祭りが始まったと聞きましてな。我々も混ぜてもらえますかな?」

 そこからはもう、どんちゃんヒャララの大騒ぎ。
 ウクレレの持ち方を教えてもらった少女とお兄さんが、まずはとにかく右手を弦の上で動かしてみる。ぽろろんぽろろんと、これがなかなか上手い具合に二重奏になって、ライチュウも大喜びで演奏に加わった。
 ハウたちが運んできたアローラの伝統楽器は、マラカスのように振ったり、地面や体に打ちつけたりして音を出すものだと、リリィタウンの青年が教えてくれた。アローラ・フラで使うらしい。

「アローラ・フラはポケモンと心を重ねることが重要なんだ。見ててごらん。」

 彼は自分のカイリキーに大きなひょうたんの太鼓を持たせると、目を合わせてうなずいた。カイリキーがひょうたんをひと打ちすると、ぽおん! と高らかな音が響く。それを合図にしてフラを始める青年。初めはゆっくり、徐々に激しく、青年の踊りと太鼓のリズムが交差する。
 4本の手を使って、ひょうたん太鼓を時に連打し時に持ち変え、とても人間には真似できない動きで音を奏でるカイリキーと、その響きに遅れることなく大地を力強く蹴り、たくみに腕や腰を揺らす青年のアローラ・フラに、カイはポケモンと心を重ねて戦うZポーズの源流を見た気がした。

「うわーお兄ちゃんとカイリキーかっこいい!」
「古式のアローラ・フラか。珍しいな。」

 スクール生が呼んだ友達や、通りすがりに興味を引かれた人もどんどん加わって、その人だかりがさらに人を集めた。
 楽器を借りた人やポケモンたちは、最初は思い思いの音を出していたが、だんだん周りと息が合ってきた。ウクレレのメロディを、太鼓のビートが支える。あっちで小石をカスタネットのようにかちかち鳴らすのに、こっちのマラカスがシャカシャカと応える。なんだかいよいよ本物のお祭りのようになってきた。
 誰がいつの間に用意したのか、ストライプやダマスク柄など様々な模様が描かれた三角旗のガーランドを、翼を持つポケモンたちがくわえて飛び、色とりどりの風船が宙を舞う。いや、あそこの紫は風船ではなくフワンテだ。
 道ばたの花を摘んで作った花輪を耳にかけてもらったフシギダネや、嬉しそうに風船を抱えているザングース。手持ちポケモンも野生ポケモンも、観光客も地元の人も、手に手を取って歌い、踊り、行進する。年齢も性別も生まれも種族すらも越えて、一期一会の相手と一度きりのセッションを楽しむ彼らに、難しい言葉は要らなかった。





「はあー、めっちゃ面白かったねー!」

 1番道路はずれの砂浜に、カイとハウとライチュウは並んで寝転がっていた。心地よい疲れにくったりと身を預ける3人を、波音と潮風が優しくなでていく。
 見上げた空はすっかり夕暮れ色で、端の方はもう夜に染まり始めていた。視界を横切っていった3羽のキャモメは、きっと巣に帰る途中だろう。
 結局その後、楽器を鳴らし歌い踊る一団は、即興の祭りを楽しみながらリリィタウンまで移動した。到着したころには日もずいぶん傾いていたから、みんなで片付けと掃除をして、場はお開き。各人それぞれの日常に戻っていった。
「次はいつやるの?」と子供に尋ねられたハラさんが「いつやりますかなあ」と笑ってカイとハウのほうを見やるものだから、2人で困って頭をかいた。

「なーなー、カイー。」

 ハウがこちらに顔を向ける。

「明日もこれぐらい楽しかったらいいねー。」
「あはは、それじゃまるで毎日カーニバルだ。」
「うわーそれって最高ー! おれ3か月くらい平気で遊びたおせちゃうよ。大好きなカイやポケモンたちと一緒ならさー。」

 ねー、とライチュウにほおずりするハウ。
 大好きなハウやポケモンたちと一緒なら。カイもにっこり笑ってうなずいた。