幸せ味のマラサダふたつ
マリエシティといえば庭園が有名で、なんでも遠く離れたジョウト地方の文化を取り入れた造りらしい。変わった形の重塔が、アローラの陽光を反射してきらきらぴかぴかと輝いているのが、ここからでもよく見えた。
「カイー!」
呼ばれてカイは、異国情緒が浮かぶ空から視線を落とす。黒く日に焼けた肌色の少年が、ぶんぶん大きく手を振りながらこちらに走ってきていた。
「ハウさんー!」
カイも手を振り返して彼の名を呼ぶ。
今日はハウと一緒にマラサダを食べる約束をしていた。ひと足早くマラサダショップの前に到着していたカイの元へ、ハウは急いで駆け寄った。
「ごめんねー! 待ったー?」
「ううん、全然。さ、お店に入ろう!」
「入ろう入ろうー!」
にっこり笑ってぴょこぴょこ跳ねて、全身で今の気持ちを表現するハウを見ていると、カイも思わず顔がほころんだ。
マラサダショップの扉を開けると、とろりと満ちた甘い空気が店員よりも早く歓迎してくれる。人とポケモンのにぎやかな談笑の中から、いらっしゃいませー! と声がして、ずらりと並んだマラサダがその言葉を裏付けた。
「おれー、マラサダショップに入るこの瞬間が、すごく好きー。」
にいっと歯を見せてハウが言った。
それから2人はショーケースの前に立った。どれにしようかなあ、とガラス越しのマラサダを愛しげに見つめるハウの目が、きらきらと輝いている。
「今のおすすめは、こちらの抹茶味ですよ。」
店員にうながされてカイとハウがのぞいた先には、新緑色の粉がまぶされた見慣れないマラサダ。「期間限定・ジョウトの老舗抹茶屋とのコラボ商品」と書かれたおしゃれなポップが添えられている。
「香り高い抹茶クリームのほろ苦い味わいが、おだやかなポケモンやおとなしいポケモンも喜んでくれるって、大好評なんです。」
「おれそれにする!」
とびきり天気のいい朝一番に響くケララッパみたいな声で、ハウが宣言した。
ありがとうございます、と店員が微笑み、続いてカイも同じ物を注文した。
トレーにマラサダを載せて店内を巡ると、ちょうど2人掛けのテーブル席が空いていたので、カイとハウはそこに向かい合って腰かける。
早くぱくついてしまいたい気持ちを抑えながら、2人はいそいそと荷物を下ろし、おしぼりで手を拭き、お互いの準備が整ったことを確認してにっこりと笑み交わした。
2人は胸の前でぱんと自分の両手を合わせる。
「いただきます!」
そして同時にマラサダにかぶりついた。
苦い味のマラサダは、どちらかといえば通向けというか、人間よりもポケモン好みに仕上げている印象があった。ところがこの抹茶マラサダの苦味は、普通のものとは一線を画している。苦いと言うよりも、若々しい緑の匂い、摘みたての茶葉の甘さ、それを引き立てるなめらかなクリームの舌触りの先に出会う、深い風格。そういう味だった。
ハウも似たようなことを考えたに違いない。もぐもぐと口を動かしながら、しばらく無言で手元のマラサダを見つめていた。それからはっとカイに視線を向け、今の感想を共有できる相手がいることに気がついたのだろう。その表情に明るく花を咲かせた。
「すっごくおいしいねー! これー!」
やっぱり同じこと考えてた。カイも大きくうなずいた。
それからハウは、島巡り中にどこそこの町で食べたマラサダも変わった味だったとか、ヌードルのほうが印象に残った村もあったとか、楽しそうに話してくれた。
「島巡りじゃなくてグルメ巡りだ。」
カイが笑うと、
「そんなことないよー!」
と手持ちポケモンとの出会いエピソードなどを語り始めたが、そのポケモンのどこをなでると気持ち良さそうにする、好物をやるととても可愛い顔をする、という話題を経て、結局またマラサダトークに戻ってきた。カイは気づかないふりをして、食べるのと話すのに忙しく動くハウの口元を眺めながら相づちを打っていた。
「島巡りの時、いろんなマラサダショップに寄ったけどー」
ようやく話も落ち着いて、マラサダも全部お腹の中におさめた頃。ハウは口回りについたクリームを舌でぺろりとなめ取ると、
「やっぱりカイと食べるマラサダがー、いっちばんおいしいねー。」
アローラのぴかぴか太陽だって敵わないまぶしさで、そう言うのだった。
「じゃあ、また一緒にマラサダ食べよう。」
カイが答えるとハウは、明日も食べよぉマラサダ食べよぉ、とテレビでおなじみのフレーズを口ずさんだので、まだまだマラサダー! と最後の節を2人で合唱した。
そうしてカイとハウはけらけら笑いながら、次回の待ち合わせ場所を約束した。