結婚披露宴
皆様と共に紡ぐ、私たちにとって大切な日の物語
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天気は快晴。からりとした風が心地いい。結婚披露宴にはうってつけの日和、リリィタウン中央広場には続々と人やポケモンが集まっていた。
ハウとカイの結婚を祝うため、リリィタウンの町人やメレメレ島内外に住むアローラの恩人たちはもちろん、別の地方で出会った友人たち、普段なら会えないような遠方にいる旧知まで、様々な立場の者が今日この日この場所に来てくれた。
真ん中に据えられた武舞台を中心に、広場には端々までいくつものテーブルと椅子が並べられていた。各出席者を最初に通す席は一応決まっているが、披露宴だからといってあまり畏まった場にもしたくないという新郎新婦の意向で、離席・席替えは自由。食事はビュッフェ形式で用意され、半ば立食パーティのようなしつらえだ。
出席者たちはめいめい最初の席で落ち着いたり、他の者と挨拶を交わしたり、もう皿に山盛りオードブルを乗せていたりして、会場のにぎわいはちょっとした市場の様相だった。
「皆様、大変お待たせいたしました。新郎新婦の入場です!」
武舞台に設置された1段高い壇上に立ち、よく通る声を上げたのは、しまキングにして新郎ハウの祖父、ハラだ。今日の司会は彼が務める。一同が温かな拍手で迎えると、武舞台に登る階段を1歩ずつ進んで、華やかな衣装に身を包んだハウとカイがその姿を衆目の前に現した。
「皆様、本日はわたしたちの結婚披露宴にお越しいただき、誠にありがとうございます!」
ハウの声が朗々と響き渡る。
「先刻、わたしと妻カイは、カプ・コケコの御前にて婚儀を終えました。このめでたき日を皆様と共に祝えることを嬉しく思います。料理はたくさん用意してあります。どうぞ心ゆくまでお楽しみください!」
出席者たちの拍手がさらに温かく会場に満ちた。
にぎやかな雰囲気に誘われて、野生のポケモンの姿もちらほら見える。好奇心旺盛なツツケラや、幸せオーラに寄ってくるアブリー。誰が連れてきたのか、フラベベやフラエッテまでいた。赤、黄、橙、青、白……さまざまな色の花を手に持って空中でふわふわと舞い踊り、花びらを風に乗せている。
ハウとカイはその彩り豊かな祝福に包まれながら、ゲストたちのテーブルを回った。
まずカイが目を止めたのは、一番すみっこの席だ。愛らしいテディベアのようにふわふわなくまが、サラダの葉っぱをもりもり食べるキャタピーを眺めている。
カイはぱっと表情をほころばせて手を振った。
「くまおさん!」
呼ばれたくまおも嬉しそうに笑顔の花を咲かせた。
「カイさん! 今日はお招きありがとう。幸せいっぱいで素敵です。おめでとうございます。」
「ありがとうございます! 来てくれて本当にうれしいです。」
続けてハウもぺこりと会釈した。
「はじめまして、くまおさん。ハウです。いつも妻がお世話になっています。ヌイコグマに似てるって聞いてたんだけど……想像以上でちょっと驚いたよ。」
ふふっとくまおは微笑んだ。
それからカイは申し訳なさそうに頭を下げる。
「くまおさん、とても早くのご来場でしたよね。お待たせしてすみません。」
「ううんー、おかげでタピもたくさん食べられてるよ。アローラの新鮮なお野菜が気に入ったみたい。」
「本当だ。サラダボウル、もう3つも空いてる……。」
キャタピーのタピはくまおたちの会話にはまったく関心のない様子で、シャクシャクシャクと食事を続けている。
「ポケモンがお腹いっぱいなら、良かった。」
ハウが言い、一同はタピの軽快な咀嚼音にしばらく聞き入った。
次にハウとカイが訪れたのは、華やかな桃色のアローラドレスに身を包んだ女性の席だ。彼女は新郎新婦の姿を見とめるや、大きく手を振った。
「アローラ! ハウさんカイさん、ご結婚おめでとうございます!」
「マハロさん、ありがとうございます!」
2人はマハロとそれぞれに握手して、久しい再会を喜んだ。
その時、マハロの肩口からドレスと同じ色の花を咲かせたポケモンが、ぴょこりと姿を現す。
「わあ、シェイミ? しかも……色違い!? おれ、初めて見たよー。」
「シェイミのナッツちゃんだよね。今日は来てくれてありがとう!」
目線を合わせ交互に頭をなでるハウとカイに、ナッツもすりすりと頬を寄せて、青草色の体毛を揺らした。
「私もナッツをここに連れてこられて良かった。いつかこの子がどこかへ花を運びに行く日まで……なるべくたくさんの幸せな思い出を作ってあげたいから。」
そう言ってマハロが愛しげにナッツをなでると、ナッツは「みぃー」と鳴いて返事をした。ハウとカイはそんな友人たちを優しく見守った。
「おれは案外、ナッツの答えはもう出てるんじゃないかって気がするけどなー。おれとカイが出した答えみたいにさ。」
マハロはありがとう、と微笑んだ。その傍でナッツも、体の上に満開の花を咲かせていた。
次の卓へ向かおうとして、カイは途中で足を止めた。
「セラさん! リズさん!」
呼びかけたのは、ビュッフェエリアにいた2人組。銀の短髪と涼やかなアメジスト色の瞳のほうがセラ、背中まで伸ばした黒髪を揺らしながら、金目にくるくると料理を映しこんでいるのがリズだ。2人ともアローラシャツがよく似合っている。
カイの声に先に反応したのはセラだったが、皿を持っていないほうの手を大きく振って返事をしたのはリズが早かった。
「ああっカイちゃんハウ君おめでとう! ついにご結婚おめでとう! あっややこっこも祝意を示していますよ! よかったねぇめでたいねぇ。」
リズの周りを2羽のヤヤコマが飛び交い「ヤヤコッコー」と鳴いた。ハウとカイにヤヤコマ語はわからないが、リズがそう言うならそうなのだろう。
「ほらっ、セラちゃんもややこっこと一緒におめでとうをさえずって! せーの」
「私はさえずらん。」
「なぜ!? 今日はカイちゃんとハウ君の記念すべき日だというのに!?」
抗議するリズを無視して、セラはハウとカイに向き合った。
「おめでとう。末永く幸せに。」
その表情は微動だにせず、口調も冷淡そのものだったが、そこに彼が込めている気持ちをハウとカイは当然理解していた。
「セラさん、リズさん、本当にありがとう。今日はアローラの料理をたくさん楽しんでいってくださいね!」
「おお、まさしく! まさしく今そうしていたのだよカイちゃん! どの品もとても美味だねえ。こちらの柑橘ソースのはややこっこが気に入ったし、そちらのゼリーはヨロギの実かな? きのみの良さをそのまま生かしていて、ややこっこも大満足です。」
「それはなにより。今日のメニューはハレ・アイナ・アイナにお願いしたからねー。」
「ほう……あのアーカラ島の有名レストランか?」
セラの質問に、うんとハウはうなずく。ハレ・アイナ・アイナのシェフの1人、マオはハウとカイの島巡り当時のキャプテンで、今日は彼女が披露宴の調理指揮を一任していた。
「私たちは、それじゃマオを招待したことにならないって言ったんだけど……。」
「マオが是非にって申し出てくれてさー。アイナの料理は人もポケモンも共に幸せになれることがコンセプト。今日にぴったりだから、お言葉に甘えたってわけ。セラさんも気に入ってくれると嬉しいなー。」
セラは少し沈黙した後、ぽつりと答えた。
「……悪くない。」
「あらー! あらあらセラちゃん! それではこれをどうぞ、こちらもどうぞ、お召し上がりください。」
「鳥の好物を載せるな。自分の食べるものは自分で取る。」
勝手に置かれた料理をリズの皿に載せ返して、セラは前菜の吟味に入った。
ハウとカイはくすっと微笑んで、給仕係にヨロギのゼリーを足しておくように依頼した。
「あれ? 確かこの席なんだけど……クルルクくん、どこかな。テテフちゃん、知らない?」
探している人物が見当たらず、カイは首をかしげる。彼の同伴ポケモン、カプ・テテフには会えたので、尋ねてみた。テテフはカイと同じ角度で首を傾けると、にこっと笑った。直後、
「模犯怪盗クルルク、主からの祝辞をお届けに参上したよ。」
テテフの姿がぱっと消え、代わりに礼服とシルクハットを身に着けた緑髪の少年――クルルクが現れた。目を丸くするハウとカイにクルルクは丁重なお辞儀をし、赤青の水玉模様で彩られた1枚のカードを差し出した。
「カイさん、ハウくん。結婚おめでとう! 君たち2人の記念すべき日をお祝いできることを嬉しく思う。
2人の旅路や手紙のことを知っている身として、こうして結ばれる日が来たことはとても喜ばしいこと。これからもたくさんの幸せがありますように。」
「わあ、クルルクくん! ありがとう!」
「びっくりしたなー! 今、一体何が起きたの?」
「テテフの“サイドチェンジ”さ。披露宴のオープニングとしては、まずまずの演出だろ?」
ははぁ、とハウは息をこぼす。
「なるほどー……よく思いつくなあ。さすがは怪盗だ。」
「同業者から着想を頂いてね。その褒め言葉は彼女にも伝えておくよ。」
そうこうしているうちに、テテフも戻ってきた。計画がばっちり決まって嬉しいらしく、満面の笑みでクルルクとハイタッチ。クルルクも「今日はみんなで楽しく遊ぼうね」とテテフに優しい声をかけていた。
仲の良い彼らの様子を、ハウとカイはにこにこと眺めた。
次にハウとカイが訪れたテーブルには、上質のブラックスーツと赤リボンのシルクハットがよく似合う女性、カリノカオルがゾロアークのファントムを従えて着席していた。
「カオルさん!」
カイに呼ばれて振り向いたその顔は、白い仮面だった。目口にあしらわれた3つの細い三日月が微笑みを作っている。それは動くはずのない表情だが、ハウとカイはそこにやわらかな月光を見た。
「ハウさん。カイさん。この度は、ご結婚おめでとうございます。僭越ながら、お祝いの花束を贈呈したく。」
彼女はそう言ってシルクハットを脱ぎ、中に手を突っ込む。次の瞬間、明らかに収まらないサイズの花束が、帽子の中から現れた。
「わあ! ありがとうございます!」
「すごいな、カイの好きな花ばっかりだ。しかもめっちゃ瑞々しい。」
「そこの花畑から摘みたてですので。」
言われてハウとカイが見回すと、辺り一面に色とりどりの花が咲き乱れていた。あれほどいた人の姿はどこにもない、満開の花園。
「綺麗だなあ……。こんなに素敵な景色、ファントムちゃんからのお祝いと思っていい?」
「ええ。彼もアローラの料理を味わえて機嫌が良いようです。」
そこでゾロアークのファントムが幻影を解き、周囲には再び披露宴の出席者たちのにぎやかな声と姿が戻ってきた。
「素晴らしい奇術の贈り物をありがとう。今日はぜひ、楽しむ側の時間も過ごしてねー。」
ハウの申し出に、カオルは「そうさせていただきます」と丁寧なお辞儀を返した。
次にハウとカイが探す人物は、同伴ポケモンのほうがよく目立った。鋼の翼をもつ大柄なカラスポケモン、アーマーガア。その黒鉄色は新品のぴかぴかではなく、歩んできた年月の重さをまとう静かなつやめきを放っている。カイにはすぐ分かった。
「あのアーマーガアはティアットちゃんだ! おーい、ティアットちゃーん、キヨネさーん! アローラー!」
大型のポケモンと一緒でもゆったりと料理を選べるよう広く造ったビュッフェエリアで、小麦色の肌の女性がビールグラスを持っていないほうの手を大きく振った。
「おっ、来たか新郎新婦! アローラ! お招きいただき光栄の至りです、ってね。」
仰々しく頭を下げてから、キヨネはいつもの口調に戻り、にかっと歯を見せる。
「いやあ、人生って分かんないものねえ。アーカラ島で遭難しかけてたら、こうしてふたりの門出に立ち会うことになるんだもの。あの時はホントにお世話になったわね。」
「あれ、あと5分遅かったら、キヨネさんナゲツケサルの縄張りに突入してたよねー。」
ハウの回想に、キヨネは「いやマジで危機一髪だったわ」と過去のピンチを快活な一笑に付してしまう。ティアットがやれやれといった様子でため息をついた。
それからキヨネは新婚夫婦を愛しげに眺め、言った。
「これから先なんかあったらいつでも連絡ちょうだい、すっ飛んでくるからさ! ともかくハウくんにカイちゃん、結婚おめでとー!」
それは彼女が本当に大切な、家族のように思っている相手にかける言葉だった。キヨネの気持ちに心からの感謝を込めて、ハウとカイは「ありがとうございます」と微笑んだ。
続いて向かう先にいたのは、ハウとカイより少し年上の女性ナナ=ミカヅキと、キュウコンのキューちゃんだ。
「カイ! 久しぶり! この度はご結婚本当におめでとう!!」
「ナナちゃん、ありがとう! わあ、キューちゃんとおそろいコーデ? すごくお似合い!」
でしょ、とナナがその場で1回転すると、星のまたたく夕闇色のドレスの裾がふわりとふくらんだ。キューちゃんは同色のコサージュがよく見えるよう胸を張った。
それからカイはハウにふたりを紹介し、ハウが会釈した。
「はじめまして、ナナさん。いつも大変お世話になっていると、妻から聞いています。」
「ハウさん、やっと会えましたね……! こちらこそいつもカイから、ハウさんの惚気話をそれはもうたっぷりと伺っています。ポケモンたちと一緒に嵐みたいなキスをしたとか、ナパーカの花束をもらったとか、わがまま言ってタキシード着せたとか……」
「わ、わー! ナナちゃん!」
あらためて列挙されて恥ずかしがるカイを眺めながら、ナナはにまにました。
「お2人の素敵な物語、これからもたくさん伺いますね!」
「うん、よろしくお願いします、ナナさん。それと……」
ハウがナナの方に少しかがむ。
「カイが何て言ってたか、あとで詳しく教えて。」
「ちょっとハウさん!」
悲鳴めいた声を上げたカイだが、楽しそうなナナとハウにつられ、いつしか一緒に笑顔になっていた。キューちゃんがナナの隣でくあぁとあくびをした。
次にハウとカイが訪れた卓では、2人の男女が談笑していた。
居眠り中のカラカラを膝に乗せている少年の名は、丑三トキ。茶色い髪をぴこぴこ揺らし、カラカラの寝顔がいかに愛すべき存在であるかを語っている。
にこにことその話を聞いている女性が、サンザ。卓上で食事中のバチュルの尻をなでながら、トキの熱弁にうんうんと相づちを打った。
「トキくん! サンザさん! アローラー!」
カイが歩み寄ると、2人とも視線をぱっと新郎新婦に向けて手を振った。
「アローラ、カイさん、ハウさん! ご結婚おめでと~!」
「お2人ともおめでとうございます。今日はお招きありがとうございます。」
「こちらこそ、来てくれてとっても嬉しい! それでは紹介します……夫のハウです!」
まだその響きが慣れないか、カイは頬を染めながらハウの腕を抱いた。ハウは軽くお辞儀をして、
「妻がいつもお世話になっています。」
パートナーの新しい呼称をさらりと言ってのけた。
トキもサンザも、彼の堂々とした雰囲気に少し目を見張る。
「カイさんから聞いてはいたけど……。」
「ハウさん、めちゃくちゃカッコイイですね……。」
「いやいやー、服装のおかげでそう見えるだけじゃないかなー。」
ふにゃっと笑うハウに、なるほどこのギャップにやられているのか……と2人は重ねて納得した。
「トキとサンザの話はカイからよく聞いてるよー。」
とハウは続ける。
「素晴らしいアーティストさんたちだって。トキはオカルトが好きで、ポケモンの存在でも説明できない不思議な現象にも詳しいんだよね。サンザは最大級の美術展に出展したこともあるとか。2人ともすごいなー!」
ハウの真っ直ぐな褒め言葉に、カイの奥ゆかしい友人たちは照れて恐縮するばかりだった。
ここで、きゅわぁと小さな鳴き声がトキの膝元からこぼれる。目覚めたカラカラのあくびだった。
「おはよう、カラカラ。ご飯もらってきたよ。食べる?」
トキが尋ねると、カラカラは嬉しそうに返事をして皿の上にかぶりついた。
サンザのバチュルも相変わらず、もりもりすごい食欲である。
一同はしばらく彼らの食事の様子を見守った。
「ポケモンたちも幸せそうでなによりだね。」
カイが言うと、
「ハウさんとカイさんの幸せを、分けてもらってるんじゃないかなー。」
トキが答えた。カイはえへへ……と目を細めた。
「そう。みんなが来てくれて、今とってもハッピーなので。」
「これからも、2人にいいことが沢山ありますように!」
サンザの言葉に、ハウとカイは「ありがとう」と微笑んだ。
ハウとカイが次の席に向かうと、まだ距離がある所で同伴ポケモンのデンチュラが新郎新婦に気づいた。デンチュラの呼びかけを受けて、レオナ・ハワードは腰まで届く長い髪をふわりとひるがえす。
「アローラ! ハウにカイちゃん、お招きありがとう!」
「レオナさん、アローラ! ご出席ありがとうございます! 今日は一段と華やかに決まってますね。」
「ふふ、カイちゃんほどじゃないわよ。まあでも気合いを入れたのは事実かな。せっかくの2人のハレの日だもの。それに……」
「王子様に出会える可能性も高そうだし?」
「カイちゃんにとってのハウみたいな、ね!」
照れるカイに微笑みながら、ハウもレオナと挨拶を交わした。
「妻からお話を伺っています。デンチュラとはすごい冒険の果てに仲良くなったって。」
「そう。いろんな偶然がビンゴした結果よ。ストーリーテリングにはぴったりの題材だったでしょ。」
デンチュラも当時を思い出しているのか、体を揺らしながらレオナに身を寄せる。そんな彼を優しくなでた後、「それでは、きちんとお祝いもしておかないとね」とレオナはあらためて新郎新婦に向き直った。
「昔の人はこう言ったわ。
Love is the greatest refreshment in life.(愛とは人生で最も素晴らしい癒しである)
結婚おめでとう! これからの生活が喜びと愛で満ちますように!」
「ありがとうございます!」
ハウとカイはにっこりと笑顔を返した。
「あっ、セスー!」
そのゲストを先に見つけたのはハウだった。
ハウとカイと同じ年頃の青年セス・ウィステリアは、軽く手を挙げて応える。側では彼のフシギバナのヴィスカムが、アローラの陽光を浴びて心地よさそうに目をつぶっていた。
「セスくん、ヴィスカムちゃん、来てくれてありがとう!」
「こちらこそ。まったく2人とも華やかに決めていやがる。」
「そう言うセスこそ新品の礼服じゃんか。……今日は本当にありがとうな。」
ふふん、とセスは不敵に笑った。
「せっかくの2人の節目だ。ちゃんと言うことは言っておいてやろうと思ってな。」
そうしてセスはネクタイを正し、軽く咳払いをする。
「ハウにカイさん。結婚おめでとう。
まずはカイさん、ハウのことを頼みます。こいつは強いし、存外にするどいところが有るが、優し過ぎる。油断するとカイさんを気遣って勝手に独りで何でも抱え込もうとしやがるかも知れない。」
うんうん、とカイが実感をもって同意する。ハウは心外半分と反省半分で苦笑した。
「だからそんなときは叱ってやってもいい。一緒にこいつが挑もうとする試練に向き合ってやって欲しいんだ。あの島巡りの日々の様にね。こいつにはアンタが必要だ。」
「ありがとう、セスくん。お任せください。私たち、試練達成は得意なので!」
セスは満足げにうなずいた。
「そしてハウ。カイさんから聞いたぜ。島巡り後にタスカル団の2人が絡んで来たとき、お前がモンスターボールに指1本触れずにやつらと向き合ってその場を治めてみせたってな。」
あの件か、とハウとカイは当時を懐かしく思い返す。
「島巡りの時から何となく感じていたが、あれを聞いて確信したし嫉妬した。バトルの実力とかそんなもんじゃない。僕には絶対に真似できない、もっとトレーナーとして人として大切な強さ、それをお前は持ってる。お前はお前自身が思っているよりずっと強いんだ。」
ハウが口を挟もうとした。けれどセスの顔を見てやっぱり止めたらしい。セスはハウがそうすることを分かっていたように、一呼吸置いてから迷いなく続けた。
「だからゼンリョクでカイさんを幸せにしろ。そしてお前自身もゼンリョクで幸せになれ。お前にはそれができるし、しなきゃいけない。お前は僕の、」
そこまで言ってセスは言葉を詰まらせる。
「俺のライバルなんだから……! 2人とも末永くお幸せにだぜ……!」
少し震えた声に、すんと息を吸う音。
もちろんだ、とハウは答えた。
「だからセスが、一番の証人になってよ。」
セスは黙って口角を上げた。それだけで十分だった。
フシギバナのヴィスカムから漂う幸福な花の香りが、3人の親友を包みこんでいた。
「おーい、チランー!」
ハウがビュッフェエリアの青年に向かって手を振る。
ウェーニバルと共に料理を選んでいた金髪碧眼の彼は、ハウとカイがパルデアに留学していた頃の学友、チランだ。
「チランくん、クワチェリちゃん! 今日は来てくれてありがとう!」
「こちらこそお招きありがとう! そして結婚おめでとう! 2人なら絶対幸せになれるね。」
「いつもお支えくださる皆々様のおかげでございます。」
ドレスの裾をつまみ畏まってお辞儀をするカイに、「ご謙遜だなあ」とチランは笑う。
「でも……そうだよね。支えてくれる人がこんなにも周りにいるなんて、なんかアカデミーを思い出すな。ちょうど3年前くらいのことみたいに感じる。」
「パルデアじゅうを走り回ったよなー。」
ハウもしみじみと当時を振り返る。カイもうなずいて、チランのウェーニバルをなでようとした。
「クワチェリちゃんもお久しぶり!」
ところがクワチェリはカイの手をひょいとかわすと、ビュッフェ棚からカップケーキを取って、チランの皿に乗せた。
「ああ、そっか。君は甘いのが好きだったね。」
クワチェリは黙ってステップを踏み、尾羽を揺らしている。
カイは浮いた手を自分の頬に運び、まあチランくんたちが楽しそうだからいっか、と微笑んだ。
ハウとカイが次に訪れた席には、藍色のショートヘアの女性、リエンがいた。彼女はラベンダー色の瞳に相棒のブラッキーを映し、頭を優しくなでてやりながら何か話しかけている。ブラッキーも心地よさそうにリエンの手の動きに身を委ねていた。
そんなふたりにカイは背面取りでそっと近づき声をかける。
「リーーエンちゃん!」
「わ!」
顔を上げたリエンは、不意をつかれた表情にすぐ笑みの花を咲かせた。
「カイさん、ハウさん。ご結婚おめでとうございます! 2人の披露宴にご招待いただきとっても嬉しいです!」
「こちらこそ、来てくれてありがとう!」
抱きあって再会を喜ぶリエンとカイ。
それから、カイはハウにリエンを紹介した。ハウはぺこりと一礼する。
「リエンとはいくつもの試練を乗り越えた仲だって、カイから聞いてるよ。」
「そうそう。リエンちゃん発案で、たくさんの人に声をかけて説明して……大変だったけど、いい物ができたよね!」
「ふふ、それになにより、すごく楽しかったです! カイさん、次はハウさんと試練を乗り越える番ですよ。」
そしてリエンはハウに向き直る。
「ハウさん、カイさんをどうかよろしくお願いします!」
「うん。おれもリエンみたいに、カイと素晴らしいものを創るよ。お任せください。」
頼もしく胸を張るハウと、幸せそうにはにかむカイを、リエンはブラッキーと一緒に穏やかな微笑みで見つめた。
「そういえばカイ、ジョウトの友達グループにまだ挨拶してないよね?」
ひと通り会場を巡ったところで、ハウが尋ねる。カイはうなずいた。
「さっき見た時は1人しか来てなかったけど、そろそろ集まった頃かな。行ってもいい?」
「もちろん! おれも会うのが楽しみだよ。」
そういうわけでハウとカイが訪れた席では、カイと同年代の男女が4人、ちょうど最初のグラスを傾けているところだった。彼らに声をかけて近づきながら、カイは「あれー?」と辺りを見回す。
「ポケットくんは?」
「ちょっと遅れるって。それで先に乾杯してた。」
「そっかー。じゃあお堅いご挨拶もささっと済ましちゃおっか。」
あらためまして皆様、とかしこまって、カイはハウに寄り添った。
「本日はお越しいただきありがとうございます! 夫のハウです。」
「アローラ! ハウです。いつも妻が大変お世話になっています。」
4人の友人たちはめいめいに挨拶を返す。
それからまずはオーチャンが進み出た。
「結婚おめでとう! あたたかい家庭を築いてね!」
カメックスのかめちゃんが同時に吠えて、祝意をさらに彩った。
「ありがとう、オーチャン! カメックスが手持ちにいたって知らなかったよ。」
「こう見えても、昔はかめちゃんと一緒に冒険しててん。」
ね、とオーチャンが微笑めば、かめちゃんもうなずくような仕草をした。
「あー、カントー辺り? 懐かしいなあー。私の周りではヒトカゲと冒険するのが流行ってた。」
私はゼニガメ一筋! 私はフシギダネ! と当時を思い出してはしゃぐカイたちを興味深く見つめ、ハウがぽつりと言った。
「おれ、アローラに来る前のカイのこと、意外と知らないな。」
「えっ。じゃあ私たちがカイさんのこといろいろ教えてあげますよ、ハウさん。あんなこととか、こんなこととか……」
「待ってオーチャン何を話す気!?」
「ぜひ。ぜひお願いします。」
「ハウさんもマジな顔で答えないで!?」
慌てるカイを尻目に、友人たちは愉快そうに笑っていた。
続いて進み出たのは、シャケと相棒のドオーだ。
「結婚おめでとう! 披露宴の招待ありがとう。とても楽しみにしていたよ。
カイさんハウさん末永くお幸せに!」
「ありがとう、シャケちゃんー!」
シャケと握手し、カイは「ん」とその手に視線を落とす。
「シャケ、このグローブってもしかして……」
「おっ、気付きましたか。ドオーにだって触れちゃう、特製のラグジュアリーグローブです!」
「あのハイブランドの! 防毒加工部分がアリアドスの正絹使用で、機能性とデザインの両立にこだわった、毒タイプのトレーナー垂涎の逸品!」
「カイさんめっちゃ詳しいな……。」
「いやー私もちょっと欲しいなーって思ってたから。よかったねドオーちゃん。愛されてるー。」
ドオーのためもあるけど、とシャケはドオーの頭をぽんぽんとなでながら続ける。
「今日のためでもあるよ。この機会にいいの1つ買うかって踏みきれた。」
「それは良かった。素敵な装いで来ていただき光栄です。」
笑み交わす人間たちの傍ら、ドオーはなんだか気持ちいいマッサージだなあといった様子で目を閉じた。
それからハウとカイはミツキユイの側に立つ。ミツキは新郎新婦を眺め、微笑んだ。
「きっとそうなると思ってたよ。結婚おめでとう!」
「ミツキさん、ありがとうございます!」
ふと、ミツキたちの頭上にアブリーが数匹飛んできた。ミツキが「わあ可愛い」と声を上げて手を伸ばすと、アブリーたちはその周りでブンブンと軽快な羽音を響かせる。
「そういえばミツキさん、今日はポケモン連れてきてないんだっけ。」
「うん。けど、みんなのポケモンなでさせてもらってるから大満足。かめちゃんとちょっと仲良くなった。」
見やると、オーチャンとカメックスのかめちゃんが手を振ってくれた。
「こうして野生のポケモンも来てくれるし。この子たちは何て名前?」
「アブリーだよ。楽しそうな人に寄ってくるって言われてる。」
「へえー。じゃあ今日はアブリーと遊び放題だね。」
「でもたまに突っついてくるから気を付けて。」
「えっ。」
慌てて手を引っこめるミツキ。「あとでなでるコツを教えてあげよう」とカイが笑った。
そうして行きつ戻りつするアブリーたちが同じように寄っていったのは、りほうと色違いのニンフィアだ。緑色のドレスを来た人間と、水色にピンクの差し色がおしゃれなポケモンの組み合わせは、アブリーの大好きな花色に似ていたのかもしれない。
アブリーを眺めていたりほうは、視線をハウとカイに移してにっこりと笑った。
「カイさん、ハウさん、ついに結婚おめでとう!!!」
「ありがとう、りほうちゃん!!!」
りほうとカイは固い抱擁を交わす。
「10年以上経ってるって勝手に思ってたけど、10年も経ってなくてびっくりした!」
「ハウさんと出会ってから、ちょうど9年ですかね。」
「そうだね。長かったような短かったような……いろんな地方を冒険したもんなー。」
「今日りほうちゃんが連れてきてくれたニンフィアは、ガラル地方を旅行中に交換した子だよね。色違いだからすぐわかった。お久しぶりー。」
ニンフィアはカイのことを覚えているのだろうか、リボン様の触角を機嫌よく揺らしながら「きゅうん」と鳴いて応えた。
「これからの冒険もふたりで楽しんでね! 末永くお幸せに!!!」
りほうの言葉に、ハウとカイは「ありがとう」と答えた。
ここで一行に近づく駆け足が2つ。
「遅れてごめーーーん!!」
金髪に黒縁眼鏡の似合う青年ポケットと、その相棒ネギガナイトのダイヤだ。友人たちは手を振って彼を迎え入れた。
「まだご来場の挨拶回りだけだから、全然遅刻じゃないよ。」
「よかったー。ハウとカイ、結婚おめでとう! さすがは今日の主役たち!! 最高にキマってるね!!」
「ありがとう! ふたりもイカしてるよー!」
「おっ、やっぱりわかっちゃう? 昨日ダイヤのリボン念入りに磨いたんだ。」
ダイヤが胸を張り、ぴかぴかに輝くガラルチャンプリボンを見せてくれた。
彼女は元々ハウとカイのポケモンだ。ガラルに滞在中、ポケットからぜひこの子をという願いを受けて譲り渡した。
「立派になったなー、ダイヤ。ポケットと大冒険したってよく分かる。」
「へへっ、これからの冒険も楽しんでいくんだぜ。ボクたちも、ハウとカイも! なあダイヤ!」
ダイヤが勇ましくひと鳴きして応える。
りほうにも同じことを言われたばっかりだと、ハウとカイは微笑んだ。
「じゃあ全員そろったし、改めて乾杯しますか!」
オーチャンが音頭を取り、他の友人たちも手際よくハウとカイとポケットに飲み物を手渡した。
「結婚おめでとうー!!!!!」
掲げられた7人分のグラスが、アローラの光の中できらりと輝いた。
その後もハウとカイは、新郎友人や、世界巡りをしていた時に知り合った人やポケモンたちと、挨拶を交わした。ひと通りの顔合わせが終わった頃には、ビュッフェエリアに肉や魚の豪勢な料理が並び始め、会場の食欲も談笑もひときわ盛り上がっていた。
ようやく新郎新婦席に戻ったハウは息をつく。
「ふー……1年分の『おめでとう』を一気に受け取った気分ー。」
「そうだね。みんなにお祝いしてもらえて嬉しいな。こんな機会でもなきゃ会えなかった友達が、いっぱい来てくれた。」
「おれもカイの大切な人たちに挨拶ができて良かったよ。」
微笑みあう彼らの側に近づいてきたのは、しまキングであり司会進行のハラだ。ハラは料理をいくつか見繕った皿を2つ、ハウとカイの前に置いた。
「ここからは祝辞の読み上げに試合の観戦と、しばらくはゆるりとできましょう。今のうちに何か口にしておきなさい。」
「ありがとう、じーちゃん! せっかくの料理だもんねー。食べなきゃ損々!」
「この後も楽しみです。ありがとうございます、ハラさん。」
ハラは元々細い目をさらに優しい山型にした。そうしてしばらく孫夫婦を眺める時間を取ってから、ハラは司会マイクの前に進んだ。
「それでは只今より、皆様から賜りました祝辞を読み上げさせていただきます。」
今日という場に贈られた様々な寿ぎに、会場一同は耳を傾ける。
それはこの文言を紡いでくれた人たちひとりひとりに思いを馳せる、特別な時間だった。
会えなくても、つながっているんだ。
カイはうっとりしてハウにもたれかかった。
「とっても幸せだなぁ……。」
ため息をつくカイを、ハウは優しく抱き寄せる。
「これからもっと幸せになるんだよ。」
2人は見つめあい、微笑んだ。
「続きまして、奉納ポケモン勝負のお時間でございます。」
ハラの声が響く。
「お二方がその御前で契りを交わしたメレメレ島の守り神カプ・コケコは、ご存じの通り戦いの神。リリィタウンでもポケモン勝負をカプ・コケコへの供物とする祭りが、伝統的に行われています。奇しくも新郎新婦は、島巡り時代よりアローラを代表するトップトレーナー! 今日この場の興として、ポケモン勝負ほどふさわしいものもありますまい。」
バトルに参加するトレーナーは、あらかじめ希望を聞いて決めてあった。ハラに促され、出席者たちの幾人かが席を立つ。
バトルフィールドは披露宴会場の隣に設置してあった。ポケモンの技を弾く客席防護システムは完備。バトルに参加しない者たちは、引き続き祝宴のごちそうを楽しみながら観戦できるというわけだ。
皆が見やすい席に移動する中、1組だけ隅に残ったくまおの所にハウとカイは立ち寄った。
「くーまーおーさん! 観戦しないんですか?」
「するよー。ここからでも十分楽しめそうだから。それに……」
とくまおはキャタピーのタピに視線をやる。
「タピが動いてくれなくて。」
タピはまだ食事中だった。山積みになった空のサラダボウルに、ハウとカイも笑うしかない。
「どこで観ていただいても大丈夫です! ごゆっくりお楽しみください。」
「あと、スタッフにおかわりとボウルの片付けを頼んでおくよー。」
ハウの申し出に、「お願いします」とくまおも微笑んだ。
さて、トレーナーたちの立つフィールドは、赤、黄、緑、青の4つに塗り分けられていた。
「今回の奉納試合は、バトルロイヤルにて行います。」
それなら勝手を知っていると自信満々の者、なんだそれはと不思議そうな者、参加者の反応は様々だ。ハラは遠方から来て初めての方もおられましょう、と続けた。
「ご安心なされよ。本日はプロに説明と進行を依頼しております。バトルロイヤルの伝道師、ロイヤルマスク、前へ!」
現れたのは、覆面レスラーの姿をした体格のいい男性だ。マスクは赤黄緑青の派手な4色。上半身は裸で、鍛えあげた厚い胸板をこれでもかと見せつけている。
「みんなー! 楽しんでいるかー!? エーーンジョイ!!」
エーーンジョイ!! と、ハウとカイをはじめとする一部の者たちは、ノリノリでロイヤルマスクと同じポーズを決めた。
「あれ……誰?」
トキがカラカラと一緒にぽかんとした表情を浮かべて、ハウとカイに尋ねる。バトルロイヤルの伝道師、ロイヤルマスクだよ、とカイはハラの言葉を復唱した。
「バトルロイヤルっていうのは、アローラに古くから伝わるポケモン勝負のルールで、ロイヤルマスクはそれを広めるために活動してるの。」
「もう10年以上やってるよねー。強くてかっこよくて、アローラでは人気のヒーローなんだ。」
へえ、とサンザも感心の声を上げる。
「そんな有名人が来てくれたんですね。さすがハウさんとカイさんの披露宴です。」
「いやいやー、おれたち以上にウキウキで準備してたよなー。」
「ずっと島巡りを見守ってくれて、ポケモンリーグも一緒に完成させた仲だもんね。私たちが結婚するって聞いて嬉しかったんじゃないかなあ、ククイ博士。」
あっ、とカイが口をふさいだ時には、トキもサンザも「ククイ博士?」と繰り返していた。
「ククイ博士ってあの、ポケモン研究者の?」
「えっ、やっ、今のナシ! 忘れて!」
「もう大体みんな知ってるけどねー。一応、覆面レスラーの正体バラすのは野暮ってことになってるからー。」
くすくすとハウが付け加えた。トキとサンザは事情を察して、聞かなかったふりをしてあげることにした。
「あっ見て。デンチュラを連れたトレーナーさんがいますよ。バチュル、あの人を応援しよっか?」
サンザが言い、一同はバトルフィールドに視線を向ける。
それではルールをおさらいしよう、とロイヤルマスクが声を張りあげた。
「バトルロイヤルは4人のトレーナーが同時にポケモンを出して戦う形式だ。どの相手を狙ってもいいぞ。今回は特別試合であるため、手持ちポケモンは1体のみ。誰かが倒れた時点で、最も体力の多いポケモンを勝者とする! 他の地方からの参加者のためにZリングの貸出しもあるので、希望する者は申し出たまえ!」
対戦カードはくじ引きで決められた。書いてある数字が試合の順番、紙の色が立つ場所だ。参加者全員がくじの結果を確認したところで、ロイヤルマスクが4色バトルフィールドの中央に立った。
「それではまず1組目の諸君、指定位置へ!」
オープニングの第1試合に進み出た4人を、観覧者たちは期待のこもった温かい拍手で迎える。オーチャンとミツキユイにとっては友人が2人も参加しているカードだから、たたく手の温度は一層熱かった。
「意外だったな。シャケもりほうも観戦側だと思ってた。」
オーチャンがしげしげと2人を眺めて言う。ね、とカイも同意した。
「うちの子はバトル苦手なんだって、口をそろえてたのに。」
「だけどニンフィアは気合い十分だよ。ドオーは……よく分からないけど。」
ミツキの指した先では、なるほどニンフィアがりほうの隣でぴょんぴょん跳ねていた。
シャケのドオーはさっきから全然動いていない。
「オーチャンもかめちゃんと出ればよかったんじゃない?」
一緒に観戦しているカメックスのかめちゃんを見上げてカイが問い、うんうんとミツキも同意する。いやあとオーチャンは笑った。
「かめちゃんは“ハイドロポンプ”とか“なみのり”くらいしかできないから。」
「それってどんな技なの?」
「“ハイドロポンプ”は背中の砲台から勢いよく水を噴射する。“なみのり”は周りの相手を全部巻きこんで激しい波をたたきつけるよ。」
「『しかできない』って言うか、どっちもかなり強い技なんじゃ……。」
ミツキがちょっぴり畏れを込めてかめちゃんを見た。
オーチャンにこうらを軽くたたかれ、かめちゃんは割合に闘志の乗った声でひと鳴きした。
「先制するよブラッキー! ヤヤコマに“でんこうせっか”!」
戦いの火蓋を切ったのはリエンのブラッキーだ。
「それではこちらも“でんこうせっか”をお見せするのです、ややこっこ!」
リズが応じると、ヤヤコマは翼をたたみ低空飛行の姿勢に入った。ぎゅんと加速してニンフィアに突っ込む。
「うわっこっち来た。えっとじゃあ……ニンフィアも“でんこうせっか”! ヤヤコマを避けつつブラッキーを狙って!」
ニンフィアも先の2体に引けを取らない猛ダッシュで、ヤヤコマを捕まえあぐねているブラッキーに突進した。
「ドオーも“でんこうせっか”が使えればよかったかな? まあわたしたちはわたしたちのペースで行こうね。“たくわえる”!」
のんびりとシャケが目を細めると、ドオーも同じ顔をして大きく息を吸いこんだ。
フィールドに円を描くようにびゅんびゅん追いかけっこをする3体と、その中心でぷっくりふくらんだドオーを見て、会場は早くも盛り上がり始める。「かわいいー!」「はやーい!」「真ん中のポケモン、エクレアみたいー」と子供たちがはしゃいだ。
「“でんこうせっか”同士じゃ埒が明かないな。ブラッキー、“あくのはどう”に切り替えて!」
「仰るとおり。それではややこっこや、“アクロバット”のお披露目です!」
電光石火のスピードを維持したまま、ヤヤコマは飛行経路を次々と変更する。その動きに翻弄されるブラッキーに、ヤヤコマの黒く鋭い蹴りが入った。さらにヤヤコマは攻撃の反動を使って高く舞い上がると、くるりと一回転を決めた。
「どうですか! “はやてのつばさ”のややこっこには、そう簡単に追いつけないでしょう! さあややこっこ、ハウ君とカイちゃんのご結婚をもっとお祝いしてあげてー!」
ヤヤコマは「ヤヤコッコー」とさえずると、どこに隠し持っていたのか上空から花びらをまき散らした。アクロバティックな軌道から、赤、黄、橙に青や白、さまざまな色の花の雨が降る。観覧席から「おお」と驚きがこぼれた。
「さすがに素早い……。だけどいつまでも高速飛行はできないはず。ブラッキー、今!」
リエンの掛け声に合わせて、ブラッキーは“あくのはどう”を放った。ひとりでは相手の狙いさえ定められない戦いでも、リエンが後ろにいれば導いてくれる。リエンに応えたい。一緒にもっと強くなりたい! 信念を込めたブラッキーの波動が、ヤヤコマに命中した。ヤヤコマの持っていた花びらがその場で全部散り、花火のように宙で咲いた。
「ニンフィア、“マジカルシャイン”! 花びらごと吹き飛ばしちゃって!」
さらにりほうが指示を出す。ニンフィアは高く鳴いて軽やかにステップを踏んだ。こんなふうに思いきり戦えるのは久しぶりなので、嬉しくて仕方がなかったのだ。披露宴のごちそうをおなかいっぱい食べて、体調も絶好調。ニンフィアの触角はこの上なく幸せそうになびいていた。ニンフィアの体からまばゆい光が放たれる。全方位を焼くフェアリーオーラの中で、ヤヤコマが落とした5色の花びらはますます激しく複雑な動きで踊った。
「ドオー、もっと“たくわえる”!」
シャケがそう言うので、ドオーはもう一度ぷくっとふくらんだ。ドオーはブラッキーほど強くなることに興味はないし、ニンフィアみたいに戦いを好むこともない。けれどシャケの言う通りにしていれば上手くいくので、バトル中の指示は聞き逃さないように気をつけている。シャケと一緒にいると居心地がいいのだ。ほら今だって、ニンフィアがぴかぴか光っているけどなんともない。
体積を増したドオーの体が“マジカルシャイン”を反射し、花びらが下からも照らされた。
ポケモンたちの動きと技、舞い散る色とりどりのフラワーシャワーが一体となって輝くバトルフィールドの様相に、観覧者たちはわあっと歓声を上げ拍手を贈った。
「わあー、素敵! リズさんは面白いことを考えますね。ヤヤコマに花吹雪を持たせておくなんて!」
カイも喜んで手をぱちぱちとたたいた。隣に座っていたセラは「さっきやたらフラベベやフラエッテと戯れていると思ったら、これか……」とつぶやき、ため息をついた。
「いつものことだ。鳥を人と思っているのか、人を鳥と思っているのか。自分の体で鳥の技を受けて喜んだり、妙な動きで鳥と意思疎通をしたり、変な言葉を作ったり……何を考えているのか、時々私にも分からん。」
いつにも増して口数の多いセラの顔を、カイはじっとのぞきこんだ。気づいたセラが「なんだ」と問う。
「いや……セラさんは、リズさんのことが大好きなんだなあって。」
セラは答えず、ぷいとバトルフィールドに視線を戻した。その仕草は肯定ではなかったが、積極的な否定でもなかった。
ハウとカイはこっそり目を合わせて微笑むと、バトルロイヤル第1試合の行方を見守った。
「速攻だクワチェリ! “とんぼがえり”!」
その試合で真っ先に動いたのはチランのウェーニバルのクワチェリだった。狙いを定めたのは、カリノカオルのゾロアークのファントム。U字軌道の鋭い一撃を真正面から叩き込まれ、カオルは少し意外そうな表情で「なるほど……」とつぶやいた。
「ファントム、標的を変えましょう。あちらのアーマーガアを仕留めますよ。“つじぎり”!」
「おっ、ウチらと遊んでくれるのねん? 受けて立つわよ!」
勇ましい鳴き声で応じたのはキヨネのアーマーガアのティアットだ。ファントムが爪を振るいティアットに襲いかかる。キィンと剣戟の交わる音が響き、ファントムの攻撃軌道が宙に赤い筋を残した。
「そこで反撃! “はがねのつばさ”!」
ティアットの鈍色につやめく翼がファントムを打つ。確実に捉えていた、はずだった。ティアットの一撃は空を切り、ファントムは無傷で立っている。キヨネが驚いた時間はごくわずかだった。
「“イリュージョン”……。実際にいる位置とは違う場所に姿を見せて、本体は隠れていた、ってわけか。」
「ご明察です。」
直後、ティアットが「ギャッ」と悲鳴を上げた。次いでレオナの「かかったわね!」という勝ち誇った声。
バトルフィールドでは、ティアットが電気を帯びた糸に絡めとられて地に落ちていた。レオナのデンチュラの“エレキネット”だった。
「みんなが戦っている間に、罠を張っていたの。わたしのデンチュラの電気糸は、どこに仕込まれているか分からないわよ?」
レオナの言う側からデンチュラは素早くフィールドを駆け回り、次の網を仕掛けていく。クモの糸は細く透明で、よほど注意しなければその存在に気づけない。デンチュラ以外のポケモンたちは、じりと向き合う輪を縮めた。
「チランさん、ご提案があるのですが。」
カオルが隣のチランに呼びかける。
「ここは共闘といきませんか。このバトルのルール上、私たちが潰しあったところで、体力の高いアーマーガアが残っていては、勝利をさらわれてしまう。」
「なるほど……バトルロイヤルはいつ誰を攻撃するかが重要ってことか。」
「ご理解が早くて助かります。」
3体のポケモンたちが、ティアットを射程範囲に捉えた。
「ふーん。全員から狙われて大ピンチってわけだ。つまり……」
キヨネは口角を上げる。
「こっから決める逆転劇はサイッコーに気持ちいいってことね!」
ファントムが動いた。おそらくあれも幻影だろう。素直に迎撃してもまた透かされることは必至。であれば。
「アーマーガアが物理技しか使わないと思ったら大間違いよ。ティアット、“ぼうふう”!」
ティアットが翼を振るい発生させた旋風は、見る間に巨大な竜巻と化した。幻影に隠れた本体も、周囲に張り巡らされた糸の罠も、何もかもを巻き込んで破壊する大嵐だ。
その隙間を縫って攻撃を仕掛けた影がひとつ。
「クワチェリ、今だ“とんぼがえり”!」
狙った先は、デンチュラだった。
「糸で防御!」
とっさにレオナが指示を出す。デンチュラは眼前に糸玉を吐きだし、既の所で直撃を避けた。
カオルがチランに視線を向けた。チランはにこっと微笑んだ。
「アドバイスありがとう、カオルさん。でも『いつ』『誰』を決めるのは、僕たちだ。」
「……良い心がけです。」
表情が変わらないはずのカオルの仮面が、笑みを増したように見えた。
手練れたちの駆け引きが渦巻く白熱の試合は、いよいよ最終局面に突入する。
ロイヤルマスクがバトルスタートの合図をしても、4人と4体はしばらく互いを見合って動かなかった。クルルクのカプ・テテフが作った“サイコフィールド”だけが、不思議なゆらめきで一同の足元をなめている。張りつめた呼吸をひとつ終えた後、
「“まもる”!!!!」
異口同音の指示が4つ飛んだ。
「で、出たー! バトルロイヤルあるある初手全員“まもる”!」
カイが手を叩いて大喜びする。一緒に観戦していたナナは「そうなの?」ときょとんとした。
「バトルロイヤルは誰がどんな技でどこを狙うか、選択肢がすごく多いからね。集中砲火もよくあるし、まずは様子をうかがうのも作戦のうちなんだ。」
ハウの解説に、ナナはなるほど……と納得する。
「ひとりも動かないように見えたけど、水面下ではバチバチと火花が散っているというわけですね。」
「さすがに“まもる”のお見合いは気まずいけどねー。でも、そう。攻撃技を出すだけが戦いじゃないってこと。」
「格言! カイかっこいいー!」
えへへと照れるカイを尻目に、キューちゃんもまた静かで激しいバトルに見入っていた。
「キューちゃんも、いつかあんなふうにバトルしてみたい?」
興奮気味にそわそわと揺れる9本の尾をなだめるように優しくなでて、ナナが問う。キューちゃんは「キュウー!」と血気盛んな返答をした。
そんな観覧者たちの眼差しが注がれるバトルフィールドで、マハロはおもむろに両腕を顔の前で交差させた。
「みんな慎重だなあ……。じゃあ一気に戦局を変えちゃおうか、ナッツ!」
まるっこい背中に生えた青草をさわさわと鳴らし、シェイミのナッツが「みー!」と答えた。マハロのZリングが光を放つ。彼女のZの踊りが描いたのは、草タイプのポケモンには似つかわしくない燃え盛る炎の軌跡。
「行くよ! ゼンリョクの“にほんばれ”!」
Zのオーラに包まれたナッツが高く鳴くと、もともと晴れていた青空の中で太陽がさらに輝きを増した。ポケモンたちの生命力に特別な影響を及ぼす“日差しが強くなった”状態だ。
クルルクは「へえ」と感心の声を上げた。
「場を整えたってわけだね。だけどそれなら僕たちだって仕込み済みだ。さあテテフ、“しぜんのちから”をお披露目しよう!」
テテフが黒い両手を空に掲げると、ゆらゆらと不思議にうごめくフィールドからエネルギーが集まってきた。細い腕には余りそうなほどのそれを軽々と操り、テテフはその力を“サイコキネシス”へと収束させ、ナッツにぶつけた。
「うわ、今のは効いたな! ナッツ、“こうごうせい”で休憩だよー。」
マハロの指示にナッツは即座に反応し、陽光に身を預けてあっというまに傷を回復した。強い日差しは“こうごうせい”の効果を格段に上げる。加えて“Zにほんばれ”はナッツの素早さを上昇させていた。ダメージを与えても、俊敏かつ特級の回復力でなかったことにされてしまう。
対角から彼らの攻防を眺めていたポケットは、あのシェイミ要塞だな、とつぶやいた。
「こっちは戦いやすい相手を選ぼう。ダイヤ、フシギバナに“ブレイブバード”!」
ネギガナイトのダイヤから金色のオーラがあふれだし、巨大な鳥の姿を得た。狙った獲物は逃さない猛禽の魂と共に、ダイヤは目標に向かって自傷も恐れず突進する。
セスのフシギバナのヴィスカムは、その猛攻を真正面から受け止めた。
「誰が戦いやすいって?」
ちょっと気分を害した様子のセスが言い放つ。
効果抜群の攻撃は小さくない痛手のはずだ。しかしヴィスカムの傷は思ったよりも浅かった。それどころかダイヤのほうが想定以上にダメージを受けている。ポケットがハッと気がついた時には、ダイヤの体にまとわりつく植物はすでに大きな葉を展開していた。
「“やどりぎのタネ”か! いつのまに……。」
「ヴィスカムの特性は“ようりょくそ”。強い日差しの下では素早く動ける。そもそも僕のヴィスカムは、弱点を突かれたぐらいで倒れるような軟弱なポケモンじゃない。」
セスの言葉に応じ、ヴィスカムが勇ましく吠えた。
「これは失礼。一筋縄じゃいかないな。」
と頭をかくポケットは言葉とは裏腹に、眼鏡の奥で瞳をわくわくと輝かせた。
同じくこの状況を楽しんでいたのは、模犯怪盗クルルクだ。
「みんなの退屈を盗むにはこれくらいじゃないとね。さて、次の一手の模範解答は何かな?」
クルルクの隣で、テテフがくるりと一回転。「うんうん。僕もそう思っていたよ」とクルルクは答えると、腕輪を着けた手を天に掲げた。Z技の構えだ。
それを見てセスも、自分のZリングを胸の前に持ち上げた。
「晴れ戦法は僕たちもよく知っている。だからこそ分かるぜ、今が攻め時ってことが!」
ポケットは「おおっ?」と両隣を交互に見た。
「もしかしてZ技な雰囲気? ボクもボクも! せっかくアローラに来たから使ってみたかったんだよー!」
3人のトレーナーが、それぞれのZクリスタルを輝かせた。
「“アシッドポイズンデリート”!!」
セスのフシギバナのヴィスカムがすべてを飲みこむ毒の沼地を呼び起こせば、
「“マキシマムサイブレイカー”!!」
クルルクのカプ・テテフはフィールドのエネルギーをさらに強力なサイコパワーへと変換し、
「“全力無双激烈拳”!!」
ポケットのネギガナイトのダイヤが強烈な突きと蹴りを無数に相手へ叩きこんだ。
激しいゼンリョク技の応酬に、果たして誰が最後まで立っていられるのかと、皆は固唾を飲んで見守った。
奉納バトルロイヤルは熱狂のうちに閉幕した。どの試合も、この華やかな日とカプ・コケコに捧げるのに相応しいものだった。ハウとカイも大満足で、素晴らしいバトルの余韻に浸る。
「みんなすごかったなー。やっぱり余興にポケモン勝負を選んでよかった。」
「バトルロイヤルの参加やZリングを使うのが初めての人もいたのに、さすがだよね。私もゲストの皆さんの可愛くてかっこいいポケモンたちをたくさん見られて、とっても幸せです。」
「技と技がぶつかってー、アローラの太陽だって裂いちゃうほどの光が、まだ残ってるみたいだよー。」
ハウが冗談めかして言い、新郎新婦は青空に目を向ける。
そしてハッとして表情を凍りつかせ、言葉を失った。
「なに、あれ? 空の色が変だよ!」
誰かが指を差した。その先の上空に、怪しくゆがんだ光の裂け目が生じていた。
「ウルトラホールだ!」
「それも1つや2つじゃない。10……20以上ある!?」
「ビーストが襲ってくるぞ!」
発された警告をきっかけに、場は騒然となった。
悲鳴、逃走、ポケモンの雄叫び。
「皆、落ち着きなさい! リリィタウンから避難します。門下生たちは誘導を。土地に明るくない者は彼らに従ってくだされ。子供や年寄りなど遠くまで行けぬ者は、わしの家へ入りなさい!」
しまキングのハラが大音声を響かせた。パニックを起こしかけていた人々は、その一声に支えられて思考を取り戻す。
「新郎新婦は大変申し訳ないが、わしと共にあの客人たちの対応を手伝っていただけますかな?」
「もちろんだよ、じーちゃん。招待状はお持ちじゃないようだけどー。」
「主催として最大限おもてなしいたします!」
空の裂け目からウルトラビーストたちが姿を現した。ウツロイド、マッシブーン、デンジュモク、カミツルギ、アクジキング……。
「これは、想像以上ですな。」
「でも報告例のないやつはいなさそうだね。」
「ポケモンの技で吹き飛ばすか、弱らせればホールの中に逃げ戻ってくれるはず。できるだけ迅速にお帰り願いましょう。あの数を一度にお迎えできる会場は用意していないので!」
ハラ、ハウ、カイはモンスターボールを構えた。
若い門下生たちが力強く駆けて避難路を先導していた。多くの町人と招待客たちは順序だって彼らに付いていく。
カイは大切なゲストたちも無事に逃げられているだろうかと、辺りを見回した。
するとカイのすぐ側で、ジョウトの友人たち――シャケ、りほう、オーチャン、ポケットがポケモンを携え身構えていた。
「新しいお客さんをお出迎えするんだって? わたしたちも手伝うよ。」
「さっきのバトルロイヤルから、ニンフィアの興奮が冷めきらなくて。」
「こう見えてかめちゃんだってやればできる子だし!」
「たぎるねえ、ウルトラビースト戦! ボクたちも混ぜてほしいな!」
思いがけない助力の申し出に、カイは困惑してしまう。すがるようにミツキユイに目線を送った。
「ま、こういうメンバーだってのはカイさんも知ってるでしょ。」
ミツキは肩をすくめる。
「大丈夫、わたしは避難所に行くから。もしこっちに何かあったら、すぐ連絡するね。」
「ありがとう、ミツキさん……そっちは任せた!」
そしてカイは残りの4人にも、ありがとうと頭を下げた。
「助かります。相手の数がだいぶ多そうだから。ちょっとでも危ないと思ったら、すぐ逃げてね!」
「その言葉、ボクからもハウとカイに念押ししておくぜ。」
「せっかくのウェディングドレスを台無しにするわけにはいかないもんね。」
「ピンチの時はドオーの後ろに隠れるといいよ。」
「ニンフィアの百発百中“チャームボイス”で迎撃するから!」
ポケモンたちもやる気十分で、トレーナーたちに続いて吠える。
頼もしい彼らの様子に、ハウは少し目を丸くしつつ優しく微笑んだ。
「……カイにこんな友達がいるなんて、おれ、なんか安心したな。」
でしょ、とカイは自慢げに答えた。
続々と避難する人々の中から走り寄って来たのは、トキだ。
「何あれ!? どういう怪奇現象!?」
トキの腕に抱かれたカラカラも目を白黒させている。
「あとで説明するよ! カラカラを離さないように逃げてね! サンザさんは?」
「なんとかしなきゃって、あっちに行った!」
「えーっ!?」
ハウとカイはサンザのもとに急行する。
サンザとバチュルは、レオナ・ハワードとデンチュラと共に、カミツルギたちと相対していた。
「サンザさん、ここにいるウルトラビーストたちは、わたしたちのポケモンと相性が良くないのが多いわ。基本的には逃げたほうがいい。」
「は、はい……。」
「でも、逃げるなりにやれることはあるものよ。デンチュラ、“ねばねばネット”!」
デンチュラの射出した糸が周囲に展開する。新たにやって来たカミツルギが、絡め捕られてもがいた。
「なるほど……。バチュル、デンチュラにならって!」
バチュルが糸を吐き出すと、それはカミツルギに直接当たり、行動を封じ込めた。
「やるわね!」
「デンチュラが教えてくれたおかげです。」
レオナとサンザは顔を見合わせて微笑んだ。
そんな彼女らの側をかすめて飛んでいく火の玉が2つ。炎をまとった突進は、動きを鈍らせたカミツルギたちにクリーンヒットした。
「素晴らしいよややこっこ! 完璧な“ニトロチャージ”だややこっこ!」
リズの声援を受け、赤い小鳥たちが次々と相手を焼き落としていく。弾丸のように舞うその姿に思わず見とれるレオナとサンザに、セラが近づいた。
「この場はあれに任せておけ。それより向こうにも電気糸の罠が欲しい。頼めるか?」
「もちろん!」「はい!」
2人の承諾を確認した後、セラはやって来たハウとカイに視線を寄越した。
「ハウ、カイ。山道側に援護が要る。そちらに行け。」
「ありがとう、セラさん!」
「こちらはお願いしたよー!」
セラはごくわずかな頭の動きでうなずいた。
彼の見やる先では、リズがハウとカイにも気づかず、夢中でヤヤコマを追っていた。ひらりひらりと空を舞うヤヤコマたちと、その下でくるくるステップを踏むリズは、さながら舞踏会を楽しんでいるかのようだった。
ハウとカイが駆けつけた場所では、たった1体のポケモンが奮闘していた。リエンのブラッキーだ。“あくのはどう”で敵を怯ませつつも、多勢に無勢。隙をつかれ、アクジキングの“アームハンマー”が振りかざされた時、
「マルク、“ブレイブバード”!」
カイのジュナイパーのマルクが割って入った。
「大丈夫、リエンちゃん!?」
「カイさん、ありがとう!」
そこへさらに助太刀にやって来たのは、キヨネとアーマーガアのティアット、セスとフシギバナのヴィスカムだ。
「みんな無事? ウチらがいるからにはもう安心よん!」
「一撃で決めるぜ。ヴィスカム、“ソーラービーム”発射用意!」
「おっ、名案だねセスくん。それなら……ティアット! ヴィスカムくんを上空へ運んじゃって!」
ティアットが勇ましく鳴き、ヴィスカムをつかんで飛び立つ。
「は? ちょっと。」
「アーマーガアは力持ちだから大丈夫。タクシー業だってこなせるのよ。」
「それは知っているが……いやでも、そうか。」
空の上なら邪魔されずにエネルギーを充填できる。しかもそのまま広角で相手をなぎ払うことも可能だ。セスはキヨネの意図を理解した。
「そういう無茶苦茶は、嫌いじゃない。ヴィスカム、光の吸収に集中しろ!」
セスの無愛想さにかえって可愛げを見出して、キヨネはふふっと微笑んだ。
「2人をサポートするよ、ケケンカニ! “ふぶき”!」
「マルクは“かげぬい”!」
「ブラッキー、“あやしいひかり”!」
ハウとカイとリエンが加勢する。彼らの技によってウルトラビーストたちの動きが鈍った時、ヴィスカムの用意が整った。
「今だヴィスカム、とどめを撃て!」
力強い咆哮と共に、ヴィスカムの放った太陽光線が周囲の敵をすべて貫いた。ウルトラホールに撤退していく彼らを見届け、一同はハイタッチで勝利を喜ぶ。
しかし突然、
「ブラッキー、“でんこうせっか”!」
リエンが叫んだ。
ジュナイパーのマルクに襲いかかろうとしていたマッシブーンにそれは見事に直撃し、今度こそ引導を渡した。仕留め損ねがいたらしい。
「ありがとう、リエンちゃん!」
「これでおあいこだね。」
カイとリエンは互いの手のひらをぱちんと重ね、ぐっと握り合った。
次にウルトラビーストの多い場所に向かう道中、カイが大声を上げる。
「ナナちゃん!」
ナナとキュウコンのキューちゃんは、とっくに避難したはずだった。まだこんな所に残っていたなんて。
「カイ、ハウさん! 子供が逃げ遅れてて……。」
見るとナナの足元で小さな男の子が1人、キャタピーを抱えてうずくまっていた。すっかりおびえて、どんなになだめすかしても動こうとしない。無理やり担ぐしかないか、とハウが言いかけた時だった。
「あれー。ハウさん、カイさん、ナナさんまでいるねえ。」
ふわふわのくまがキャタピーのタピを肩に乗せて現れた。
「くまおさん! 避難したのでは!?」
「うーん、タピがどうしてもこっちに来たいって。ああ、なるほど。仲間の困ってる声が聞こえたのかな。」
くまおが近づくと、男児は顔を上げた。
「……くまさん?」
「くまおだよー。きみと同じ、キャタピーのお友達。ねえ、一緒に行かない?」
くまおが手を差し出すと、男児はおずおずとその手を握った。
「もふもふだ……。」
「ふふ。くまおの手を離さないでね。」
ようやく動いた男児を見て、一同はほっと胸をなでおろす。のも束の間、後方から現れたデンジュモクが1体、こちらに向けて電撃を放とうとしていた。
くまおがとっさに男児とキャタピーたちを抱えこみ、ハウとカイはケケンカニとジュナイパーを戦えない者の側に召喚した。敵に1歩踏みこんだのはナナだった。
「キューちゃん、“まもる”!」
キュウコンのキューちゃんが生みだした光り輝く防護壁が、皆を落雷から守った。その隙にハウとカイが反撃し、デンジュモクを退ける。
「ありがとう、ナナちゃん! ナイス判断!」
「へへ……攻撃技を出すだけが、戦いじゃないもんね!」
キューちゃんも誇らしげにひと鳴きする。彼女らがいれば大丈夫だろう。ハウとカイはくまおとナナを見送って、ウルトラビーストの数を減らしに行くことにした。
「あっちと……向こうでもやってんなー。」
ハウが周囲を見回す。
カイも戦闘状況を確認し、うなずいた。
「でもあの人たちなら、任せておいていいと思う。私たちは手薄な所に回ろう。」
「だね!」
そうしてハウとカイは友人たちを信じ、事態の迅速な収拾に徹する。
カリノカオルとチランは、ウツロイドに囲まれていた。
「厄介ですね。動きを封じましょうか。」
カオルがゾロアークのファントムに目配せすると、どこからともなく洪水が発生した。幻影だ。ウツロイドは激流に飲まれたと思い込みその場に止まる。
「相手は窮地の中で本能的に有利を取ろうとするはず。でもあなたのウェーニバルなら大丈夫ですよね。」
カオルが言い、チランはうなずいた。
ウツロイドがもがきながら、ウェーニバルのクワチェリに“サイコウェーブ”を放った。
「突っ込め、クワチェリ! 連続で“あくのはどう”!」
チランの指示でクワチェリが飛び出す。“サイコウェーブ”をものともせず、次々にウツロイドを撃破していった。怒ったウツロイドが毒手で反撃したところで、ウェーニバルの姿がぐらりと溶ける。現れたのは、ゾロアークだった。
「……いつから気付いてたの?」
チランの問いにカオルは微笑んだ。
「バトルロイヤルでお手合わせした時から。彼の本当の名前をお伺いしても?」
「クロホウシです。」
「良い名ですね。では、終わらせましょう。」
ファントム、クロホウシ、とトレーナーたちはゾロアークに呼びかける。
「“ナイトバースト”!!」
2人の声が同時に響き、ウツロイドたちを一掃した。
シェイミのナッツの“エナジーボール”がデンジュモクを撃ち抜けば、カプ・テテフの“サイコキネシス”がマッシブーンをねじ伏せる。マハロとクルルクのポケモンたちは次々と勝星を挙げていた。
「君のシェイミ、いい技を使うね!」
クルルクがマハロに声をかけた。ナッツが「みぃー」と鳴いて胸を張る。
「こう見えてもウルトラビーストとは戦ったことがあるので!」
「奇遇だな。僕も彼らとは何度も刃を交えた経験があるんだ。じゃあ、アローラの守り神のことは詳しい?」
カミツルギをウルトラホールの向こうに吹き飛ばし、クルルクがマハロに問う。
褒めてもらおうとにこにこ笑顔でクルルクの元に戻ってきたカプ・テテフを眺めながら、マハロは答えた。
「パートナーにしている人には及ばないかな。」
「あはは。いや、メレメレ島の守り神がこの状況下でどんな行動に出るか、君の見解を聞いてみたくてさ。」
そうだな、とマハロは考える。
「たぶん、自分の周りに現れたビーストを片付けてから……これほどの数が集中しているリリィタウンにやって来る、と思う。」
マハロとクルルクは空を見上げた。まさにその瞬間、黄金色の一閃が宙を裂き、時を告げる鳥のように大きな鳴き声を響かせた。
カプ・コケコだ。
「守り神だ!」
「カプが来てくれたぞ!」
リリィタウンの町人たちが上空を指して叫んだ。
カプ・コケコの猛攻はすさまじかった。敵の群れのど真ん中に突撃し、放電。何体ものウルトラビーストをまとめてウルトラホールに押し戻し、体力の残っているものがいれば電光石火で急接近しとどめを刺す。
その合間にも優秀なトレーナーたちの活躍が加わり、あれほど多かったビーストとホールは確実に数を減らしていた。分散した対応が同じ場所に集まり、迎撃はより早くなっていく。
事態はなんとか収まりそうだ。そう思われた時だった。
消えゆくばかりだった空の裂け目が、1つ増えた。それは広場の中央、武舞台の真上に現れ、他と同じように始まりは細い線だった。だが見る間に光は強くなり、わずかに残っていた別のホールをも飲みこんで巨大な1個の穴となる。その内側から、何かが姿を現した。ポケモンどころか生き物とさえ最初は判断できなかった。
「え、うそでしょ。あれまさか……デンジュモク!?」
広場に集合していたトレーナーのうち、誰かがおののきつぶやいた。確かにそれはそう呼ばれるウルトラビーストの特徴を持っていた。白く輝くとげとげの球体状の頭部。四方に伸びたコード束状の腕や足。だが異様なのはその巨大さだ。全身をよじりながらなんとかホールから這いだしたそれは、手足を大地に突き刺して円錐形に直立した。
「なんか知ってるのと違う……。もしかしてキョダイマックス?」
「アローラでダイマックス現象なんて聞いたことないって!」
他地方の事情にも詳しい者たちが驚きの声を上げる。けれどダイマックス現象がどの地方で観測できるかについての議論はそこまでだった。
巨大デンジュモクの体が光り輝き――それはさながら大都市の電力供給を一手に担う送電塔が、保っている電気を一瞬で放ち尽くしたかのようだった――リリィタウンを飲みこんだ。ポケモンに防御技を指示するどころか、逃げるという選択肢が浮かぶ間さえなかった。
伏せろ! と叫び声が聞こえたかもしれない。
視界を奪う激しい光。
耳をつんざく轟音。
そして辺りは静寂に包まれた。
ウルトラビーストの異次元的な力によって全ては破壊されてしまった、かのようだったが。
「あれ……上を見て!」
ハウが天を指で示した。
リリィタウンの上空、巨大デンジュモクと町の間に、カプ・コケコが仁王立ちしていた。その体からはデンジュモクの攻撃的な電流とは異なる種類の輝きがあふれ、一帯を優しく包んでいた。
カプ・コケコが、デンジュモクの落雷から皆を守ってくれたのだ。
ふっと光が消えた。
空中でバランスを崩したカプ・コケコは、風が止んだ後の落ち葉のように力なく地上に降りてきた。
「カプ・コケコ!」
真っ先に駆け寄ったのはしまキングのハラだ。カプ・コケコは応えない。ハラの腕の中で、ぐったりと身を横たえているだけだ。呼びかけ続けるハラを、一同は凍りついたように見守ることしかできなかった。
守り神がやられた。
誰かがそう口にしてしまう前に、ハウが状況に一石を投じた。
「カプ・コケコを助けよう。じーちゃんは家から薬をありったけ持ってきて。回復技のあるポケモンは力を貸してほしい! カプ・コケコが治るまで……ここはおれがなんとかする。」
ハラが動くよりも早く、「ハウさん!」と抗議したのはカイだった。
「おれが、じゃなくておれたちが、でしょ。」
「カイ……。でもきみを危険な目に遭わせたくない。」
「セスくんに言われたこともう忘れたの? その言葉そのままお返しします。それにこんな状況、どこに逃げたって危ないのは同じ。だったら対抗の手が1つでも多いほうが、かえって安全でしょ。」
ハウの瞳に映るのは、一点の曇りもないカイの表情だった。この人といつまでも共にいようと、とっくの昔に決めた思いを今日あらためて形にし、人間にもポケモンにも披露した。その覚悟は、今さら揺るがない。
わかった、とハウはゆっくりうなずき、カイの手を握った。
「おれと一緒に戦ってくれ、カイ。」
「もちろんです!」
カイはハウの手を強く握り返した。
「……っくぅー! よく言った、ハウくん、カイちゃん!! これはウチも一肌脱がずにはいられないわー!」
キヨネが感激に瞳をうるませながら、2人の肩を同時にばしばしと叩いた。
「そうね、さっさと片付けましょ! あの異世界が地脈を乱してて気分が悪いのよ。」
「もはや幻影でどうにかできるレベルでもありませんし、私たちも本気で行かせていただきます。」
レオナとカオルも、キヨネに続きハウとカイに並び立つ。
他の友人たちも同じように協力の意思を2人に示した。
「みんな……ありがとう!」
ハウとカイは深く頭を下げた。
「守り神の治療は僕たちに任せて。」
クルルクがカプ・テテフと共に、伏したカプ・コケコの側に歩み寄った。テテフの鱗粉が空気中を舞い、周囲をきらめかせる。人間もポケモンも、疲れがとれて傷が治るのを感じた。驚いて目を見張る者たちに、テテフはにこっと微笑んだ。
「私もお手伝いしたい! ナッツだって癒すのが得意だよ。」
マハロとシェイミのナッツがクルルクに続く。
「ナッツ、“アロマセラピー”!」
みー! とナッツが体をぷるぷる震わせると、その青い体毛に桃色の花が咲く。次いで良い香りが漂い始めた。ポケモンの体内に留まる悪い気を浄化する、癒しの芳香だ。心なしかカプ・コケコの呼吸が落ち着いたように見えた。
「それならブラッキーも、何かできるかも。」
リエンが歩み出た。
「カプ・コケコを“つきのひかり”で照らして、ブラッキー。」
ブラッキーがうなずくと、体毛の金色部分が満月のように輝きだした。光はカプ・コケコを優しく包み、カプ・テテフの鱗粉をいっそうきらめかせる。鱗粉の回復作用と相乗効果があるのかもしれない。
くずおれたままだったカプ・コケコがわずかに身じろいだ。回復技は効いているようだ。
ハラはひとしきり感心した後、土地神を彼らに託した。
「よろしくお願いします。わしもすぐに戻りますから。」
家に入っていくハラの背中を見送って、ハウとカイと友人たちは巨大なデンジュモクを見上げた。先陣を切ってハウが叫ぶ。
「カプ・コケコが回復するまで、おれたちがあいつの体力を削る!
ケケンカニ、“ストーンエッジ”!」
「カプを待つまでもない。僕たちでホールに戻せばいいんだろ。
ヴィスカム、“リーフストーム”だ!」
ハウの隣に並んだのは、セスとフシギバナのヴィスカムだ。数多の岩槍と刃のような草の嵐が猛烈な勢いでデンジュモクの体を撃ち抜いた。
「やるじゃん、セス。」
「そっちもな。命中不安の技を採用しているのは相変わらずだが。」
セスとハウは互いを見て、にっと笑った。
「セラちゃんセラちゃん。あのでっかいの何タイプだと思いますか?」
「おそらく電気だろうな。大きさは桁違いだが、さっき似たような奴と戦った。」
「ですよねー。となるとややこっこ的には不利……ですが。」
リズの瞳の金色がにわかに鋭さを増す。両肩に乗ったヤヤコマたちも、同じようにきりりとした眼差しで巨大デンジュモクをにらみつけた。
「パーティーを台無しにされたお返しをしなければと、ややこっこもお怒りです。」
はあ、とセラはため息をつき、いくつかのドーピング薬と回復薬を取りだした。どうせ止めても聞かないのだ。
「怪我をする前に退けよ。ある程度はサポートしてやる。」
「はっ! セラちゃんが、ややこっこのサポートを……!?」
リズがセラの肩をがばりとつかんだ。
「セラちゃんが、ややこっこのサポートを!?」
「戦うならさっさと行け。」
「だそうです! いっておいでややこっこー!」
小さな疾風の翼が、果敢に空を舞い巨大な敵に立ち向かう。
その姿を見て、サンザは「わぁ……」と感嘆のため息をついた。
「あんなにちっちゃな鳥さんなのに、すごいな。バチュル、私たちも力になれるかな?」
「もちろんなれるよ。」
答えたのはカイだ。ジュナイパーのマルクを従え、サンザの隣に立つ。
「というかサンザさんのバチュルにしかできないことがある。マルクに“ふいうち”をしてほしいんだ。」
「えっ……同士討ちってことですか?」
「大丈夫。私とマルクを信じて。」
サンザはごくりとつばを飲み、うなずいた。
「バチュル! カイさんのマルクに“ふいうち”!」
相手の隙をつくバチュルの素早い一打がマルクに当たった。瞬間、光がほとばしりマルクの体に力が満ちる。
「マルクに持たせた道具“じゃくてんほけん”の効果で、弱点を突かれたポケモンの攻撃力は倍になる。ありがとうサンザさん、バチュル! 行け、マルク! “ゴーストダイブ”!」
マルクが影に沈んだ。一呼吸の後、その姿は巨大デンジュモクの頭部に現れる。カイだけでなく、サンザとバチュルから受け取った意思も乗せて。至近距離からの矢羽根が確実に相手を貫いた。
しかし敵も反撃の構えを見せる。体全体からぱちぱちと放たれた火花が、特殊な波長をもった電気の流れ“かいでんぱ”となってマルクに襲いかかった。
「跳ね返して、ティアット!」
ジュナイパーとデンジュモクの間に黒い翼が割りこんだ。キヨネのアーマーガアのティアットだ。彼女の特性は、つやめく鋼の羽毛が変化技を反射する“ミラーアーマー”。怪しい電磁波はそっくりそのまま発信源に戻り、デンジュモクから戦力を奪った。
「変化技ならわたしたちだって負けないわ。蘊奥を究めた技をご覧なさい! デンチュラ、目標に接近して“いやなおと”!」
ティアットの背中に乗っていたレオナのデンチュラが姿を現した。デンジュモクの周囲を旋回するティアットの軌道が最も相手に迫った時、デンチュラは大きく跳躍して宙を舞う。見事に着地したデンジュモクの頭部にしがみつき体を震わせると、高周波の音波が共鳴を呼び、木の幹ともコード束ともつかない巨体が脱力するのが目に見えた。
いい連携だ。ポケモンたちを地上から見守っていたキヨネとレオナは、互いに親指をぐっと立てあった。
「守りが崩れましたね。今ですファントム。“つじぎり”!」
ゾロアークのファントムが飛び出す。深紅の爪が刃のごとく、巨大デンジュモクの基部を切り裂いた。何本もの足の1本には過ぎないが、手応えは確実にある。
「続けクロホウシ! “ナイトバースト”!」
もう1体飛び出したゾロアークは、チランのクロホウシ。「あれっ」と疑問符を浮かべるハウに、チランは「へへ」とはにかんだ。
「ウェーニバルのクワチェリの正体は、“イリュージョン”したクロホウシだったんだ。」
幻影を作らず、技を放つことだけに集中したクロホウシの暗黒の衝撃波が、ファントムのつけた傷に追撃をかける。
別の場所では、カイのジョウトの友人たちも奮闘していた。
「かめちゃん、“なみのり”で攻撃!」
オーチャンの指示で前に出たカメックスのかめちゃんを見て、シャケはドオーにすかさず声をかける。
「ドオー、かめちゃんに並んで! “マッドショット”!」
かめちゃんが生みだした激流はドオーをも飲みこみ、相手に強烈な波しぶきをたたきつけた。
「あっ、シャケごめん! ドオーが……。」
味方を巻きこんだと焦るオーチャンだったが、ドオーは何事もなかったかのように勢いよく泥の砲弾を発射していた。
「オーチャン、大丈夫! この子の特性は、水タイプの技で回復する“ちょすい”。おかげで元気になったよ。ありがとう!」
ドオーが振り返って大口を開ける。その顔はつやつやと健康そうで、シャケの言葉を裏打ちした。
へえ、とオーチャンは感心の声を上げた。
「いろんなポケモンがおるんやなあ……。でもそれなら! かめちゃん、連続で波に乗っちゃって!」
「ドオーも一緒に、行けー!」
かめちゃんとドオーの息の合った技が、交互にデンジュモクに命中した。
「わたしたちも何か攻撃しないと……!」
オーチャンとシャケに続こうと急いて、ニンフィアに“チャームボイス”を指示しようとしたりほうを、ポケットが「ちょーっと待った!」と制した。
「りほう、これからボクのダイヤが渾身の一撃を放つ。ニンフィアの“てだすけ”、借りられるかな?」
闇雲に技を出すだけが攻撃じゃない。ハッとしてりほうはうなずいた。
「ダイヤを手助けする体勢に入って、ニンフィア!」
ニンフィアの瞳に火花が散る。本来は敵に放つための力をぎゅっと体内で凝縮し、高いひと声を上げれば、燃えるようなニンフィアの闘志がネギガナイトのダイヤに移っていった。
「こんなに気合いに満ちたニンフィア見るの、初めてかも。」
りほうがつぶやいた。ポケットの黒縁眼鏡がきらりと光る。
「ダイヤもニンフィアも、元はハウとカイのポケモンだもんね。頑張る動機は十分ってわけだ。さあいくぜダイヤ! “スターアサルト”!!」
ダイヤの眼差しがきりりと目標を見据えると、彼女の内側からオーラがあふれ始めた。2体分の思いの込められた激しい輝きがダイヤを包む。流星の槍と化したダイヤはデンジュモクに突進し、大爆発を引き起こした。
ネギガナイトの“スターアサルト”が命中したのは、どこで戦っている者から見ても明らかだった。巨大デンジュモクの体がぐらりと傾き、ついに致命傷を与えたかと、誰もが期待した。
だが、揺れはすぐに止まった。
それどころかデンジュモクの頭部が再び発光し始めた。カプ・コケコが身を挺してやっと防いだあの強大な放電が、もう1度放たれようとしている。
「まずい! カプ・コケコの回復は……」
癒しの光を与えるポケモンたちに囲まれながらも、カプ・コケコの目はいまだに閉じたままだった。
ちょうどそこへハラが薬を抱えて戻ってくる。くまおとキャタピーのタピ、ナナとキュウコンのキューちゃんも、ハラと一緒に駆けてきた。「くまおさん、ナナさん!」とカイが驚いて声をかけると、
「薬を運ぶの手伝うのくらいは、くまおでもできると思って。」
「みんなが戦ってるのを見て、アタシもキューちゃんも居ても立っても居られなくなった!」
2人はそう答えて、ハラと共にカプ・コケコの治療を始めた。
さらに避難所の方から駆けてきたのは、丑三トキとカラカラ、ミツキユイだ。
「いやあすごいすごい! 近くだと本当にでっかいな! こんなのどのオカルト本にも載ってないよ。ねー、カラカラ?」
トキがカラカラを掲げて巨大デンジュモクの姿を見せてやる。カラカラはよく分からないながらも、トキの機嫌が良いので嬉しそうだった。
「トキくん! ここに来たら危険だよ!」
血相を変えて叱るカイに、トキはそうかなあ、と首をかしげた。
「あんなのが出てきたら、どこにいたって危ないのは同じでしょ。」
「うっ……確かに私もハウさんにそう言いました……。」
「ね。だったらぼくもカラカラも、みんなと一緒に楽しみたいな! こんなに貴重な体験、滅多になさそうだし。」
トキの言葉はあまりにも無邪気で、かえって勇気づけられるものだった。
苦笑するカイと同じ表情をミツキユイも浮かべる。
「わたしも引き留めようとしたんだけど、結局トキくんとここまで来ちゃった。」
だけど、とミツキは続ける。
「トキくんの気持ちはちょっとわかる。わたしだってみんなと一緒にいたいよ。ポケモンは連れていないけど……できることは手伝いたい!」
でも、と沈痛な面持ちで答えたのはくまおだ。
「回復薬、もう全部使っちゃった。」
「なのにカプ・コケコ、全然目を覚ましてくれなくて。」
「一生懸命やってはいるんだけど……。」
ナナとキュウコンのキューちゃん、マハロとシェイミのナッツ、リエンとブラッキーも悲しげな吐息をもらす。
ハラが陰った表情で首を振った。
「わしらにできるのは、もはや祈ることぐらいしか……。」
「それなら祈ります!」
ミツキが大声を上げた。
「カプ・コケコさん、どうか元気になってください。みんなを守ってください……!」
ひざまずいて唱えはじめるミツキを見て、「ぼくも!」「くまおも!」とトキとくまおが続いた。
戦う力のない者さえ、まだ諦めていない。その姿が他のトレーナーたちを動かさないはずがなかった。
「この程度で終わるのは模範的とは言えないな。テテフ、回復に集中だ。」
クルルクが迷いなく指示すれば、
「アタシだって戦える……。キューちゃん、力を貸して!」
ナナとキューちゃんが戦闘態勢に入った。
他の皆も続々と、技を繰り出す準備をしたり、カプ・コケコのために祈り始めたりする。
ハウとカイの結婚記念日を、最悪の厄災日にしないために。
みんなで笑って幸せな時間を過ごすために。
今ここにいる、大切な人とポケモンたちのために!
全員の思いがひとつに重なった、その時だった。
「かぷぅーーーこっこっこ!!」
カプ・コケコがぱちりと目を開き、起き上がって空に飛び出した。
一番近くで祈りを捧げていたミツキがその勢いにあおられたが、とっさにカイが支えて転倒を免れた。
「ありがとうカイさん。すごい……本当に元気になっちゃった。」
「トレーナーの願いや応援がポケモンの力になるのは、私も何度も見たことがある。特にカプ・コケコは人間との結びつきが強いから……ミツキさんが率先して祈ってくれたおかげだね。ありがとう。」
ミツキは「お役に立てたなら良かった」とはにかんだ。
カプ・コケコはしばらく滞空し、周囲を観察していた。巨大デンジュモクに向かっていくのかとも思われたが、今度は急降下。カプ・コケコがその眼前で動きを止めたのは、
「えっ、おれ……!?」
ハウだった。カプ・コケコは首肯するようにゆらめくと、どんとハウを小突き、また空へ昇っていった。混乱したまま取り残されたハウにカイが寄り添う。それからカイは「あっ」と声を上げた。
「ハウさん、手の中にあるそれ……Zクリスタルだ!」
「え!?」
アローラの大地にも似た静かな黄金色の結晶の内部に、カプの御殻のような雫形の模様が浮かんでいた。それは土地神と絆を結んだ者だけが使用を許される、特別なZクリスタル。
「カプZだ。カプ・コケコは、これをハウさんに渡しに来たんだよ。」
「Z技を使えってこと……? おれが? カプ・コケコと?」
困惑するハウに、カイは確信をもってうなずいた。
カプ・コケコが、上空でハウを待っていた。
ハウはクリスタルの質感を確かめるように、ゆっくりと手を握る。
「おれが、カプ・コケコと一緒に……。」
そして結晶を指先に取りZリングにはめ込んで、その左腕を高々と突きあげた。
「やろう、カプ・コケコ! みんなを守るんだ!」
ハウの決意の宣誓に応えるように、カプ・コケコが雄叫びを上げた。
カプZが光を放ち始める。ハウは腕を交差し、円を描き、祈りの印を結んだ。
「島に暮らす命。人と、ポケモンと、大地のつながり。
すべてを護るカプの力、今ここに具現し給え!」
光はどんどん強さを増してハウを包み、ほとばしる輝きがカプ・コケコに流れこんだ。カプ・コケコの鋭い鳴き声に続いて地面が割れ、噴出したオーラが巨人の形となる。カプ・コケコは巨人の頭部となって、デンジュモクに相対した。大きさはほぼ互角。いや、拳を振りかぶった分、巨人のほうが優位に立っている。
巨人と動きをシンクロさせたハウが、勢いよく拳を振り下ろした。
「“ガーディアン・デ・アローラ”!!」
ハウとカプ・コケコの究極のZ技が、デンジュモクを撃ち抜いた。
「あいつ、退いたぞ!」
「皆で攻撃してもぐらつかせるのがやっとだったのに……!」
驚きの声が上がる。そこにカイも言葉を重ねた。
「みんな! ハウさんとカプ・コケコがチャンスを作ってくれた! 一気にたたみかけよう!」
「今が好機ってやつだねカイちゃん。さあややこっこ、勝利の“おいかぜ”を皆様に吹かせてさしあげてー!」
リズが両手を広げると、2羽のヤヤコマが上空に飛びだし、力強く羽ばたいた。小さな体が生み出す強風に目を見張る人々の表情を見て、「どうですかこれがややこっこパワーです!」とリズは誇らしげだ。そのまま風にあおられてつんのめりそうになったのを、セラが引き留めた。セラを振り返り、リズはにこ! と笑う。
「セラちゃんもややこっこの羽ばたきを浴びるかね!」
「いらん。技の指示後は安全圏に下がれ。」
ヤヤコマたちの追い風に真っ先に乗ったのは、キヨネのアーマーガアのティアットだ。
「こりゃいーわ! ティアットの体が軽い軽い! ティアット、その勢いのまま“はがねのつばさ”!」
スピードを増したティアットが、つやめく鋼鉄の翼を広げて突進する。
「みんなの攻撃、絶対に通す……! バチュル、私たちも援護に回るよ。“いとをはく”!」
バチュルの出した銀糸が、迷いなくデンジュモクに向かった。そこにさらに別の糸が加わり強靭になる。くまおのキャタピーのタピが放った“いとをはく”だった。
「普段は戦いなんて嫌いだけど、今日は特別だね。お友達と一緒なら大丈夫! すごいよタピ。頑張れタピー!」
愛しき小さな虫ポケモンを応援する者同士、くまおとサンザは顔を見合わせて微笑んだ。
バトルの苦手な友人たちが果敢に立ち向かう姿を見て、思うところがあったのだろう。トキのカラカラも手にしている骨をぎゅっと握りしめ、巨大デンジュモクを指した。
「カラカラ……勇気りんりんで頑張るきみも可愛い! よーし、やるだけやってみよう。“ホネブーメラン”!」
「キューちゃん、アタシたちも全力! “だいもんじ”!」
進み出たのはナナ=ミカヅキとキュウコンのキューちゃんだ。こんなふうにふたりの呼吸が合わさるまで、いろいろあった。紡いだ絆は何にも代えられない燃料となり、熱く強く燃え盛る。
「いい炎だな。僕らもゼンリョクといこう。」
クルルクの言葉に、カプ・テテフはうなずく。クルルクが腕輪に桃色の結晶をはめると、光があふれだした。クルルクが踊り、カプ・テテフもそれに応じて舞う。ふたりの動きがシンクロした時、輝きは最も強くなった。
「“ラブリースターインパクト”!!」
「クロホウシ、いっちばん気合の入った攻撃、いくよ!」
チランが目標を指し示せば、ゾロアークのクロホウシは威勢のいいうなり声を上げる。
その隣にスッと並んだのは、カリノカオルとゾロアークのファントムだった。
「恐れながら私たちもご一緒に。悪タイプのエネルギーを重ね合わせれば、威力は何倍にもなりましょう。」
「だったら私たちも!」
さらに横に立ったのは、リエンとブラッキーだ。
「悪タイプの技なら得意だから!」
「心強いことです。」
「じゃあみんな、行こう! クロホウシ、“ナイトバースト”!」
「ファントム、“ナイトバースト”!」
「ブラッキー、ゾロアークたちに負けないすっごいやつお願い! “あくのはどう”!」
悪タイプのポケモンたちが放つ渾身のオーラが集まり溶け合い、1つの強大な波動となって、一直線にデンジュモクに向かう。
「ボクらのポケモンもダイマックスできればいいのになあ!」
相手の巨体を見上げてそう言ったのはポケットだ。オーチャンが首をかしげて尋ねる。
「ダイマックスって?」
「主にガラル地方で発生する現象さ。特定の場所でポケモンが巨大化することがあって、そういう時はこっちのポケモンもでっかくなって戦うんだ。」
「でもダイマックスやテラスタルはできないにせよ、この状況はレイドバトルっぽさがあるね。」
りほうの感想に、ポケットとシャケはうんうんとうなずく。そこにミツキが「あの……」と控えめに加わった。
「そのレイドバトル? の時ミツキさんにもできることがあるからって、さっきカイさんに教えてもらったんだけど……。えっと、わたしは“いけいけドンドン”っていうのをすればいいの?」
「おー、それ最高のやつな! じゃ応援は任せたミツキさん!」
シャケが色めき立つ。まだちょっと戸惑っているミツキを、とにかく声援を送ってくれればいいから、とポケットとりほうが励ました。
「つまりミツキさんが応援した後、かめちゃんたちで一気に攻撃って流れで合ってる?」
「バッチリOKだぜオーチャン。それじゃ始めよう!」
「う、うん。みんなーっ! 頑張れー! いけいけー!!」
「えっ、すご。かめちゃんに力が満ちてきてる……。今ならいける! かめちゃん、“ハイドロポンプ”!」
「ダイヤ、君の勇気を見せてやれ! “ブレイブバード”!」
「ニンフィア、絶対に当てるよ! “チャームボイス”!」
「ドオー、きついのやっちゃって! “どくづき”!」
ミツキの声援を受け、カメックスのかめちゃん、ネギガナイトのダイヤ、ニンフィア、ドオーの威力を増した4つの技が、一丸となって巨大デンジュモクに襲いかかる。
レオナはデンチュラにZリングを示し、電気の力を内包したクリスタルをはめた。
「覚えてる? 初めてあなたに出会った時も、この技で助けてもらったわね。さあ、いくわよ本場のゼンリョク技!」
デンチュラが吠え、結晶からほとばしる光がふたりを包んだ。
「“スパーキングギガボルト”!!」
あちらこちらで放たれるZクリスタルの輝きを目の端に捉えながら、カイはジュナイパーのマルクの顔を見て微笑んだ。
「夫がゼンリョクを出したんだから、妻も続くに決まってるよね。」
そして草色の結晶を握りしめる。その拳の上に優しく手を重ねた者がいた。マハロだ。
「私とナッツも、一緒に。」
シェイミのナッツがひと声鳴く。マハロの手には、カイと同じクリスタルがあった。
さらに並び立ったのは、セスとフシギバナのヴィスカム。
「草タイプのポケモンと絆を結んでいるのは、カイさんだけじゃないってこと。」
セスの指先にも、緑色の結晶の光が灯っていた。傍らでヴィスカムが静かに同意の仕草を見せる。
3人は顔を見合わせてうなずくと、クサZをそれぞれのZリングにはめた。
「マハロちゃん、セスくん……みんなと一緒なら!」
「絶対すごいことができるよね!」
「どこかの新郎が島巡りの時にも言っていたことだな。さあ、いくぜ!」
Zの踊りがオーラを呼び、クリスタルを介して人とポケモンと大地を結びつける。その力が最大まで高まった直後、強大な光の柱がデンジュモクを貫いた。
「“ブルームシャインエクストラ”!!!」
同時に放たれ威力を増した様々な属性の技が、怒涛の勢いで巨大デンジュモクを襲う。
すべての攻撃が終わった時、デンジュモクの白く輝いていた頭部は切れかけの電球のように明滅し、ほどなくして完全に消灯した。デンジュモクはだらりと力を失ったままウルトラホールの方へ倒れこみ、空の裂け目の向こうに飲みこまれていく。
破れた布が一針ずつ縫い合わさるように、あるいは瞳の上にゆっくりとまぶたが降りるように、彼方の異世界は此方の青空に塗りつぶされていった。
ウルトラホールが、1つ残らず消えてなくなった。
「う……おおお! やった! 勝ったー!!」
誰かが叫び、それに続いて皆が一斉に歓声を上げた。安心した笑い声、互いを労う言葉、カプへの称賛などで、リリィタウンじゅうが湧きたった。避難していた者たちも続々と戻ってきて、新たな安堵と歓喜を重ねた。
カプ・コケコはそんな人とポケモンたちの様子を上空から眺めていたが、ふと高度を落として彼らに近づいた。メレメレ島の守り神が動きを止めたのは、ハウの前だった。周囲の人々はやや戸惑いながらも、1人と1体を取り巻くようにして場を空ける。
「カプ・コケコ。」
ハウはひざを付き、深々と頭を下げた。
「あなたの助力に、心よりの感謝を申し上げます。皆をお救いくださり、誠にありがとうございました。」
カプ・コケコはじっとハウを見つめていた。それは共に戦った人間へ神が勅を与える様相で、
「え!?」
突然ハウががばりと顔を上げる。
「おれが……しまキングになれって!?」
ごとりとハウの足元に何かが落ちた。カプ・コケコは素早く飛びたつと、はるか頭上で鋭い雄叫びを上げ、そのまま雷光のように去っていった。
どよめく群集の中から、ハウに近づき隣に立ったのはハラだった。カプ・コケコの残していった物を拾いあげると、高々と掲げて見せる。それは輝く石だった。しまキング・しまクイーンがカプ神より授かり、Zリングという名の絆を生みだす原石。貴重なその石を、カプ・コケコはハウに託した。
「皆の衆、カプの詔をご覧になったか! カプが授けし輝く石と、彼の手に残るZクリスタルが何よりの証拠。カプと共に伝説のZワザを以て異邦の存在に立ち向かい、かような多くの友に助力と祝福を得られるハウこそが、これからのメレメレ島の首長として相応しい。異論なき諸君はどうか温かな拍手をもって、カプ・コケコの判断をご支持いただきたい!」
静寂は短い時間だった。ハラの言葉を理解した者から手をたたき始め、熱を得た空気が一気に膨らむように、リリィタウンは拍手喝采の渦に包まれた。
「カプもハラさんもお認めなさった! 今日からハウがしまキングだ!」
「ハウ、しまキング就任、おめでとう!」
「しまキング!」
「しまキング!」
「しまキング!」
渦の中心でその熱に当てられふらつくハウを、カイが支えた。
「ちょっと、まだ、何が起きたかわかんないよー……。」
「大丈夫。何が起ころうとも、私があなたの隣にいます。私の最愛の伴侶、しまキングのハウさん。」
ハウはしばしカイを見つめた。そしてやわらかく微笑み、彼女の左手を握る。指を絡めると、薬指にはめられた銀白色の輪が優しく互いの肌に触れた。
ハウはひとつ深呼吸をした後、堂々と顔を上げ、右手を掲げた。群集の声が波のように引いていく。
「皆さん、ありがとうございます。突然のことでおれ……わたし自身も驚いていますが、この瞬間を皆さんと分かち合えたことを光栄に思います。カプ・コケコの勅命、しかと賜りました。メレメレ島のため全力を尽くします。今後とも変わらぬご支援をいただけますよう、よろしくお願いいたします。……アローラ、マナーロ。」
再び拍手が湧きたった。それは新キング誕生という熱狂じみた興奮とはまた別種の、ハウという個人に対する心からの祝福の音だった。ハウがどれほどの期間しまキングになることに憧れていたか、この場にいる多くの者が知っていた。
長い長い拍手に節目をつけたのは、ハラだった。
「さあさあ皆さん、宴の続きと参りましょう! 新たなしまキングの就任祝いも加えなければなりませんからな。申し訳ないが、乱れた箇所を元に戻すのを手伝っていただけると助かります。」
断る者などいなかった。むしろ誰もが率先して宴会場の片付けを行った。
こうして間もなく会場は修復され、再び宴が始まる。ハウとカイの結婚を祝うため、そして新しいしまキングの誕生を喜ぶため。リリィタウン中央広場はウルトラビーストたちが現れる前よりも、いっそう熱を帯びていた。
「あいつ、本当にしまキングになりやがった。」
宴席から少し離れた場所で、セス・ウィステリアはつぶやく。すると隣で佇んでいたフシギバナのヴィスカムが、セスを鼻面でちょっと突いた。「わかってるよ」とセスはヴィスカムにぽんぽんと軽く触れてやった。
「ともかく、2人がいきなりゲットした幸せの証人にはなれた、ってところだな。」
同じように、ハウがしまキングになったことに嬉しい驚きをあらわにしていたのは、カイのジョウトの友人たちだ。
「いやー、ボクたちハウとカイの結婚披露宴に来たつもりだったんだけど。」
「まさかハウさんのしまキング就任式にも出席することになるなんてね。」
ポケットとりほうがしみじみと言う。ネギガナイトのダイヤとニンフィアもトレーナーと同じ表情を浮かべていた。
「まあなんたってカイさんがハウさんと一緒に紡ぐ物語だもんね。当然っちゃ当然かも。」
ミツキユイの感想に異を唱える者はいない。それじゃあ、とシャケがグラスを掲げた。
「あらためて2人の門出をお祝いしましょう!」
また美味しいものにありつける気配を察して、ドオーがシャケに視線を向ける。
「若きしまキング夫妻に……かんぱーい!」
オーチャンの言葉に合わせて、カメックスのかめちゃんが水しぶきの祝砲を空に打ち上げた。
きらきらと夕陽を浴びて輝く水玉を見て、拍手を贈ったのはカリノカオルとクルルクだ。
「本日の余興はじつに華やかでしたね。私たちエンターテイナーの出る幕もなかった。」
まったくだ、とクルルクは笑った。
「でも、怪盗が本領発揮する時間はむしろ今からなんだよね。」
カプ・テテフが隣でいたずらっぽく1回転。
殊勝なことです、とカオルは仮面の奥の目を細めた。ゾロアークのファントムが退屈そうにあくびした。
ファントムの大口を視界の端に置き、チランは自分のゾロアークのクロホウシを眺める。クロホウシもチランを見つめていた。チランは微笑んだ。
「今日の同伴を君に決めて良かったな。君とだからこそ経験できたことが、たくさんあったよ。」
「おっ、チランくんってばパートナー自慢? アタシのキューちゃんだってきつねポケモンとして負けないよー。」
同卓にいたナナがぐいっと迫り、キュウコンのキューちゃんの美しい毛並みを示した。キューちゃんも誇らしげだ。
パートナー自慢なら、とサンザも輪に入る。
「私のバチュルも見てください。おしりがぷりぷりでとっても可愛いでしょう?」
サンザの手の上で、バチュルがぷりっと尻を掲げた。
「可愛いねえ。やっぱり虫ポケモンのおしりは、どの子もすっごくプリティだよ。」
穏やかな笑顔で応じたのはくまおだ。自分のキャタピーのタピのおしりをサンザの方に向けて「ね?」と同意を求める。「めちゃくちゃプリティです!」とサンザは何度もうなずいた。
丑三トキはそんな友人たちの隣で、居眠りしているカラカラを黙ってなでていた。カラカラはトキの膝の上で、安心しきった寝息を立てている。トキは、ぼくのカラカラが一番かわいい、とにんまりした。
そうして着席して談笑する者もいれば、ビュッフェエリアで料理を選ぶ者もいた。
「予想以上にたくさん動いたから、おなかすいちゃったね! ブラッキー、どれ食べたい?」
リエンが問いかけると、答えたのは両肩にヤヤコマを乗せたリズだった。
「こちらのオムレットなど逸品ですよ! お嬢さん、卵はお好きかな?」
「は、はい。好きです。」
「けっこうけっこう。ではこれもおすすめ。そちらも。ああややこっこがこれも美味だと申しております!」
リエンの皿はあっという間に埋まり、ブラッキーは目を丸くして次々に盛られていく料理を眺めていた。またやっている、と見かねたセラがリエンにささやく。
「気兼ねせず断って構わない。うなずいているだけだと止まらないぞ。」
「あ……ありがとうございます。でも本当に、全部おいしそう。」
さて誰に勧められるでもなく、自分で皿を山盛りにしていたのはマハロだ。
「アイナ食堂のごはん、嬉しいなー。」
「マハロちゃんはアローラに詳しいのよね。どれがマストの料理か教えてよ。」
レオナ・ハワードが隣に並ぶ。そこへさらに突っこんできたのはキヨネだった。
「ウチも美味しい料理教えてほしい! 混ぜて混ぜてー!」
と言いつつ彼女が手にしているのは皿ではなくワイングラス。
「……だいぶ出来上がってるわね、これは。」
レオナのデンチュラに牽制され、アーマーガアのティアットに適正距離へ戻されながらも、キヨネは笑顔を絶やさなかった。
「大ピンチは一件落着、愛する2人はさらに絆を深めて次のステージへ! こりゃ飲んでお祝いせずにはいられないっしょ!」
「まあ、それはそう。昔の人もこう言ったわ。The greatest glory in living lies not in never falling, but in rising every time we fall.(人生で最大の栄光とは、決して転ばないことではなく、何度転んでも起き上がることにある)」
「そして転んだ時でも側にいてくれる人に感謝、だね。私も今日は皆さんとご一緒できて良かったです!」
マハロの足元で、シェイミのナッツが満開の花を咲かせた。
ハウとカイは楽しそうなゲストたちの姿を眺めながら、にっこりと笑みを交わした。そこに寄ってきたのは、数体のフラベベとフラエッテ。フラベベたちはふわりと宙で回転すると、ハウとカイに花びらのシャワーを浴びせた。2人はくすぐったそうに頬を寄せた。
「今日は忘れられない1日になりそうだ。」
「みんなにとっても、そうだと嬉しいな。それに、このお話を聞かせてあげたい人も、たくさんいるんだ。」
「いいね。きっとカイが話せばその分だけ、思い出はもっと色鮮やかになるよ。」
ハウの瞳の中に虹色の光がきらめく。2人はしばらく見つめあうと、続きの会話を互いの唇の上で溶かした。
「ロトー! 記念撮影をするロト! 舞台に集まっテ!」
カイのスマホに入ったロトムが、ゲストたちを呼んでいる。ハウとカイもいそいそとロトムの元に向かうと、皆は自然と2人を中心にして並んだ。フラベベやフラエッテたちも付いてきて、あちこちで花びらを飛ばしている。
「撮るロトー。はい、アローラ!」
アローラ! と応える笑顔。響くロトムのシャッター音。画面に切り取られた一瞬は、楽しい時間と空間のど真ん中だった。
こうして幸せな宴はまだまだ続く。
ハウとカイとポケモンたちの物語も、まだまだ続く!








