ハウとカイのリーリエに最高の手紙を送ろう大作戦!!

16. リーリエへの手紙

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 写真の中で、ハウとカイとリーリエが肩を並べている。ハウは口を大きく開けて笑っていて、リーリエはちょっと驚いているようにも見える。カイはそんな二人に挟まれて、真ん中に立っていた。
 それは、カイとハウがまだ島巡りを始めたばかりの頃、ハウオリシティの観光案内所前で、ロトム図鑑が初めて撮影した写真だった。ポケファインダーをつけてもらって大喜びしたロトムが、面白半分で切ったシャッターだけれど、三人ともいい顔をしている。
 リーリエに送るための写真を整理していたら、この写真を見つけた。三人が冒険を始めた時の、思い出の写真だ。きっとリーリエも気に入ってくれるだろう。
 そういうわけでカイは、この写真も一緒に印刷した。ちなみに印刷した枚数は三枚。一枚はリーリエに送る分、もう一枚は自分の分、最後の一枚はハウにあげる分だ。
(ハウも喜んでくれるといいな。)
 そう思いながらカイは、三人の写真とアローラのみんなの写真を、大事に鞄に入れた。
 カイからリーリエに宛てた手紙は、無事に完成した。
 荷造りひもだって忘れずに確保してある。
 朝ご飯を食べ終えて(ロトム図鑑は充電を終えて)、カイもポケモンたちも体調はばっちりだ。天気は上々。風は穏やか。最高の一日になる予感が、空気の一粒一粒に宿っているようだった。
「いってきまーす!」
「いってきますロトー!」
 ママに元気よく声をかけて、カイはロトム図鑑と一緒に自宅を飛びだした。いってらっしゃーい、とママの返事とニャースの声が、背中に聞こえた。
 リーリエに送るための写真を撮り終えて、今日はハウの家で荷送り準備をする約束だった。
 昨日の夜、ハウと別れる間際、スカル団員に出会ったことが少々気になる。ハウ、大丈夫だろうか。島巡りもこなした男だし、そこまでへこたれているとは思わないけど、結構ひどい暴言を投げつけられていた。なんと声をかけようか。あるいは全く触れないほうがいいだろうか。それはそれで腫れ物扱いしているみたいで失礼のような。
「大丈夫ロト? ちょっと元気ない?」
 もんもんとそんなことを考えながら歩いていたら、ロトムが心配してくれた。「大丈夫だよ、ありがとう」と答え、カイは笑顔を見せる。
 まあ悩んでいてもしょうがない。きっとなんとかなるだろう。
 そう結論を出した頃、リリィタウンに到着した。
 村の一番奥にあるハウ宅の前にやって来て、カイがドアチャイムを鳴らそうとした時だった。がちゃり、と玄関扉が内側から開いた。
「ハウー! アローラロトー!」
 先に飛びだしたのはロトムで、カイもハウが迎えに出てくれたのだと思った。ところが視界に現れたのは、気だるそうにこちらをにらむ男の眼まなこ。それも二人分。
 ロトムは驚いて、ぴゃっと急転回しカイの鞄にもぐりこんだ。
 昨日のスカル団員たちだとすぐに分かった。服装こそ白のタンクトップに土色のハーフパンツという簡素なものに変わっていたけれど、明るい水色に染めた短髪、ぎろっと不機嫌そうな目つき、カイを見て一瞬こぼした「うおっ」という声――彼らが放つ雰囲気に、覚えがあった。
 しかし彼らがなぜハウの家から出てきたのかは全く分からない。すっかり固まってしまっていると、
「おお、カイ。いらっしゃい。ハウが待っておりましたぞ。」
 スカル団の男たちに続いて、もう一人よく見知った男が中から出てきた。しまキングにしてハウの祖父、ハラだった。カイに向かって和やかに挨拶するハラからは、とてもスカル団に対する緊張や敵意は読み取れない。どころかハラは、カイにかけたのと同じ声音で「さあまずは向こうからですな」と促し、団員たちもその指示に従ってしおらしく歩き始めたのだった。
 カイはぽかんとして彼らが去っていくのを見つめていた。
「あっ、カイー。アローラ! 中に入りなよー。」
 そう声が聞こえて、カイはやっと我に返った。開けっぱなしにした扉の奥、家の中からハウがカイを見つけて手招いていた。
 ハウはカイにソファを勧め、パイルジュースを供してくれた。
「びっくりしたでしょー。まさかスカル団の人たちがおれの家から出てくるなんてねー。」
「すごくびっくりしたロ……。」
 鞄から半分だけ顔を出し、ロトムが答えた。ごめんなロトムー、と苦笑しながら、ハウは自分もカイの向かい側に腰かけた。
「一体、何があったの?」
 尋ねると、実はね、とハウは話し始めた。
 今朝のことだったという。早朝、まだ太陽が顔を出そうかどうしようか考えている時間帯、突然けたたましいポケモンの鳴き声が近所の草むらから聞こえてきた。
 これは異常だとハラが急いで様子を見に行くと、草むらの中であのスカル団員たちがスリープとズバットを繰り出し、野生ポケモンときのみの取り合いをしているのを見つけたそうだ。
 草むらは野生ポケモンの縄張り。きのみは重要な食料として貯めこんでいるのだから、軽率にその営みを乱してはいけない。とハラは戒めたが、よくよく話を聞いてみれば、二人は空腹に耐えかねてやったことだと主張する。
 ハラは男たちを連れ帰ると、浴室で体を清めるよう命じた。それから傷ついたスリープとズバットに手当てを施し、貸した服に着替えた彼らに朝食を分け与えた。
「おれもめっちゃびっくりしたよー。でもあの人たち、ご飯を食べ始めてからはずっと大人しくしてる。やっぱり美味しいものお腹いっぱい食べたら、けんかする気なんてなくなっちゃうよねー。」
 三回もおかわりしたんだよとくすくす笑うハウが、昨夜の出来事をさほど思いつめていない様子だったので、カイも内心ほっとした。
 食事が落ち着いた頃合いを見計らってハラは、なぜこんな場所をさまよっていたのか事情を尋ねた。彼らは最初話したくなさそうだったが、くちくなった腹が舌と心をほぐしたのだろう。ぽつりぽつりと、自身らの境遇を言葉にし始めた。
 グズマがスカル団の解散を宣言し、スカル団がバラバラになったこと。解散を信じたくなくてプルメリに相談しに行ったが、スカル団を再生させるつもりはないとはっきり言われてしまったこと。もう行く場所も帰る場所もなくなって、当てもなくふらふらさまよっていたこと。
 一通り話を聞き終えたハラが提案したのは、ここに住み込みで門下に入らないかということだった。居場所がないなら、それが見つかるまでここで己を鍛えればよい、と。思ってもみなかった話に二人は驚き、意地を張っていたのもあってすぐには返事をしなかった。が、ハラの提案した住み込みの中に三食が含まれていることを知るとだんだん態度が変わり、彼らの手持ちポケモンたちの食事も込んでいることがとどめとなって、最終的には「よろしくお願いします」と頭を下げた。
「名前は、スリープ使いのほうがタッパで、ズバット使いの語尾にスカスカ付けるほうがラップ。さっそく新人門下生として、他の人への挨拶がてら、施設の場所とか使い方を教えてもらいに行ったってわけだよー。」
 それでカイも、ハラに連れられたスカル団員たちがハウの家から出てきた事情を理解した。
 タッパたちが戻ってきたらさー、とハウは続ける。
「グズマさんの写真、きちんと返そうと思うんだ。今朝はそんな感じですごくばたばたしてたし、おれもやっぱり昨日の今日だったから上手く目を合わせられなくてー……。」
 少し眉を下げながら、「でも」とハウは前を向いた。
「カイと一緒なら、大丈夫な気がする。」
 カイはにっこり微笑むと、うなずいた。


 ハラたちが帰ってくるのを待つ間、カイとハウは今日の本来の目的、リーリエへ送る小包作りに取りかかった。ロトム図鑑も手伝ってくれた。
 ククイ博士が預けてくれた島巡りの証。ハウの手紙。園児たちの画用紙も含む寄せ書き。そしてカイの手紙と、みんなの写真。リーリエに届ける内容は、完璧だった。あとはこれを一つにまとめて発送するだけ。
 輸送用の段ボール箱とか、それを包むための茶色い包装紙とかは、ハウがもう用意してくれていた。封筒や筆記用具、のりなどの細々したものまでぬかりない。手紙を送るのは結構好きだから、とハウははにかんでいた。
 封筒のサイズを確認するために写真の束を手に取って、そこに写っている人たちを眺めていたハウが、突然「あっ」と声をもらした。一葉の写真を見つめた後、その真ん丸な瞳にカイの姿を映す。ハウが手に持っているのは、ハウとカイとリーリエが並んだ写真だった。
「カイ、この写真……。」
 期待通りの反応に、カイとロトムは顔を見合わせてにまにました。
「同じの二枚あるでしょ。一枚はハウの分。良かったらどうぞ。」
「……カイー!」
 感激しながらも、ハウはすぐさま二枚目を確認した。自分のために印刷されたそれを大事そうに手に持って、冒険の始まりに思いを巡らせている。
「カイ、おれさ、」
 しばらくしてハウはゆっくりと言葉を選び、輝く笑顔でカイを見た。
「きみに会えて良かった。」
 何が、とは言わなかった。だからこそ短いその文章には、ハウからカイに向けた気持ちがたくさん込められていた。
 カイはちょっぴり照れながら、ハウに笑みを返した。  玄関扉が開いたのはその時だった。
 ハラが帰宅した。次いでタッパとスリープ、さらにラップとズバット。
 スカル団員たちの姿を見たとたん、ロトム図鑑はまたカイの鞄の中に隠れてしまった。今やハラの道場の門下生になったとはいえ、やっぱり彼らに対する怖い気持ちがぬぐえないのだろう。
 タッパとラップは今にも倒れそうなほど力なく歩を運び、実際、家の中に入ったとたん糸が切れたように床にへたりこんだ。ポケモンたちが心配そうに彼らに寄り添い、顔をのぞきこんでいる。 挿絵:床に倒れ込むスカル団のしたっぱたち。スリープとズバットが心配そうに見ている。 「あー……あれはたぶん、いきなりじーちゃんにしごかれたねー。」
 ハウが憐みの苦笑を浮かべた。
「休憩を終えたら次は炊事場の案内ですな。ポケモンたちをボールに戻し、手をよく洗っておくように。」
 言いつけて去っていくハラに対し、スカル団員たちはほとんどうめくような声で返事をした。
 ハウがすっと席を離れ、炊事場の中に消えた。ほどなくして戻ってきたハウは、水の入ったグラスやコップを四つ、トレーに載せて持ってきた。
「お疲れ様ー。」
 ぐんにゃりと座りこんでいるスカル団員たちに、それらを差しだす。グラスに入っているのは人間の分。取っ手付きのプラスチックコップはスリープ用で、ズバットには平皿に水を入れてやっていた。
 ポケモンたちは喜んですぐに喉を潤した。黙ってグラスを受け取ったタッパとラップは、ハウを見上げ、ごくごく水を飲むポケモンたちを見やった後、それぞれにグラスを傾けた。
「あのさ。」
 彼らが一息つき、しおれていた体も水を得て少々しゃっきりしたのを見て、ハウは切り出した。
「グズマさんの写真。きみたちに返すよ。」
 ハウが差しだした写真に先に反応したのはラップだった。昨日も「グズマさんの写真どーするっスカ!?」と一番に写真を気にしていたのは、彼だった。渇きをいやして満足したズバットを頭の上に乗せ、ラップはグズマの写真の方に体を傾けた。
 タッパは、しかめっ面のままハウの手元を見つめていた。手を伸ばせばすぐ届く場所に、グズマの写真があった。そして彼は、
「いや。おれらはこれを受け取らねえ。」
 手を伸ばす代わりに、ハウのほうを見てきっぱりと言った。
 予想外の反応に、ハウもカイも口にすべき言葉を思いつけなかった。勘違いするなよ! とすかさずタッパは続けた。
「グズマさんのことは今でも尊敬してるよ。だからこそ、グズマさんが変わったように、おれらも変わんなきゃいけねーって思ったわけ。……姉御にも言われたんだけどよ。写真なんか眺めていつまでもグズマさんに甘えてる場合じゃねーよなって、おれらグズマさんの写真を失くして良かったんだって、そう話してたんだ。なあ相棒。」
 同意を求められたラップは、ほんの一瞬だけ間を置いて、「おう」とうなずいた。
「だからその写真、おまえらにやるよ。グズマさんの写真だぜ。ありがたくもらっとけよな!」
 ハウは、まだ戸惑っていた。彼らがグズマの写真を手元に置いておかない理由は納得できたけれども、本当に返さなくていいのかためらっていた。その写真は彼らの手元にあってこそ、価値のあるものだろうから。
 そんなハウの姿を見てか、ラップが「あの……」と声を発した。
「それ、あんたらにとっては何の価値もない写真かもしれないっスけど。でも、おれらも含めて、グズマさんがいたことで一時的にでも救われたやつは、多かったんでスカら。」
 プルメリの言っていたことと、同じだった。
 同時に、エーテルパラダイスの保護区で、人間への信頼をすっかり失いおびえるヨーテリーの姿も頭に浮かんだ。
 スカル団がいて良かった。スカル団なんていなければ良かった。
 それはどちらも、一側面から見た主観にすぎなかった。電波で見るのと可視光線で見るのとでは、宇宙が全く違って見えるように。どちらか一方の見方をすることが、別の見方を拒絶する理由にはならない。
「だからそういう人が……うちのボスがいたって証を、どっか机の奥でいいから、しまっといてくれないでスカ。」
 ズバットも、ラップの頭上でキィと小さく鳴いた。
 カイはちらっとハウの方を見た。するとちょうど同じ動作をしたハウと目が合った。ハウは決心したように、こくんと頭を動かした。
「だったらさー。」
 ハウがスカル団員たちのほうに視線を戻し、口を開く。
「このグズマさんの写真、リーリエに送ってもいいー?」
 想定外のことを言われると、とっさに返事ができなくなるのは、誰でも共通のことだった。突然出てきた名前に困惑し黙ってしまった二人に、ハウはリーリエに手紙を送ろうとしていることを説明する。アローラ中を巡って、みんなの写真と寄せ書きを集めていたことも話した。
「いいんでスカ? そこにグズマさんの……スカル団の写真入れて。アローラのみんなの姿を届けたいっていう、大事な手紙じゃないんでスカ?」
 ようよう口を開いたのは、グズマの写真をしまっておいてほしいと願ったラップ。ハウはうなずき、だからだよー、と答えた。
「だってグズマさんもグソクムシャも……スカル団も、アローラの大事な一員じゃない。リーリエだって、そう思ってくれると思う。」
 それはスカル団員たちにとって、またしても想定外の答えだったらしい。言葉を失ったままの二人に、「そういえばねー」とハウはリーリエに送る写真の束から一葉を選び出した。
「プルメリさんたちの写真も撮ったんだよー。見る?」
 見る、と声にこそ出さなかったものの、ハウの方にぐっと身を乗りだした彼らの行動が、十二分の答えだった。スリープとズバットも、トレーナーたちの動きにつられて、写真をのぞきこんでいた。
 そこに写ったプルメリたちの姿を見て、彼らはぼそりと何かつぶやいた。名前のようにも聞こえたから、島巡りを始めることを決意した元したっぱたちを呼んだのかもしれない。
 スカルマークを外し、新たな世界を瞳に映すかつての仲間たちの姿から、彼らはしばらく目をそらさなかった。先に動いたのは、グズマの写真を受け取らないと最初にきっぱり告げたほう、タッパだった。彼は写真から顔を上げると、「決めた!」と不意に大声を出した。
「おれはさあ、スカル団続けるぜ。グズマさんも姉御もみんないなくなっちまったけど、やっぱスカル団がおれらの居場所だよ。辞めることなんてできねーよ。スカル団がいいんだ。おれの大好きな場所なんだ。」
 大好きな場所、とカイはライチがコニコのレストランのことを同じ言葉で表現していたことを思い出した。そう言える場所があることは、幸いだ。カイは隣のハウを見た。そう言える場所がなくなったら、きっと誰だって悲しいだろう。
 でも、とタッパは少しトーンを落として続けた。
「このままじゃどうしようもねーってことも分かってる。だからおれらはおれらなりに、今までとは違うスカル団を目指すぜ!」
 スリープが鼻を上げて鳴いた。タッパは少し口の端を上げて、スリープの体をなでてやった。頼もしいパートナーの体温に触れ、さらに輝くタッパの決意の色には、見覚えがある。
 それは後輩たちに知識を伝授していた、イリマの表情に見えた色。父兄を超える料理人になりたいと語る、マオの声の色。寡黙に、けれど粘り強く果敢に、ぬしポケモンとの勝負に挑んだスイレンが浴びた水しぶきの色。プロのダンサーになることを夢見るカキと相棒ガラガラの、トーチに灯っていた光の色。キャプテンとしての務めを果たそうと、試行錯誤を繰り返すマーマネの瞳に宿る色。園児やポケモンたちを見守るアセロラが紡ぐ、優しい歌の色。
 それは、アローラのキャプテンたちがそれぞれに抱いていた思いとなんら変わりなく、きらめいていた。決意を抱き未来を見るのに、スカル団もキャプテンも関係ない。ポケモンたちもいつだって側にいてくれる。
 ラップとズバットもタッパの思考に賛同して、「おおっ」「キキッ」と興奮した声を出した。
「いいっスね! それで、どんなスカル団なんでスカ!?」
「ふふん、それはだな……。」
 不敵に腕を組み、ちょっともったいをつけた後、
「これから考える。」
 タッパが返した答えにラップはかくんと膝を落とし、はずみでズバットが頭から落ちた。なんでスカそれー、と苦笑するラップにつられてハウとカイも笑みをこぼすと、「あーっ、おまえらまで笑うことないだろーが」と抗議の声が飛んできた。
「ごめんごめん、そんなつもりじゃなくて。すごくいい考えだとおれも思う。応援するよー。」
「うらやましくなったら、スカル団に入れてやること考えてやらなくもないっスカら。」
 ぱたぱた飛ぶズバットと一緒に胸を張って、調子良くそんなことを言う相棒の傍ら、肝心の発案主は「けっ」と息を吐き捨てたきり、ハウともカイとも目を合わせようとしなかった。きっと自分なりの決意と、それをすんなり受け入れてくれた人たちの存在に、タッパ自身照れているのだろう。隣のスリープが穏やかに体を揺らしていたので、悪意がないことはすぐに知れた。
 壊れるのは一瞬で、変わるのは時間がかかる。けれども月が昨日と同じ形の日は、ない。
 昨日は断絶したハウとスカル団員たちは、今日、互いを拒絶しなかった。
「そろそろ休憩は終わりましたかなー?」
 ハラの呼び声が聞こえた。とたん、スカル団の男たちはびくっと背筋を伸ばす。さっきの稽古がよっぽどハードだったのかもしれない。
「あんまり待たせないほうがいいかもねー。手を洗うならあちらだよー。」
 洗面所の方向をハウが指し示すと、二人は慌ててポケモンたちをボールに戻し、駆けて行った。
 師匠にどやされ急いで走る――今後そんなことが彼らにとって日常になるのかもしれない。なんでもないような日常の積み重ねが、これからの彼らを彩る風景になれば良いと、ポケモンと共に素朴な農耕の日々を営むハプウに思いを馳せながら、カイは祈った。
 と、スカル団員たちの背中を見送っていたら、タッパが足を止めて振り返った。
「あー、それとよお、ハウ。」
 先の照れ臭さを残してか、目を伏せてぼりぼり頭をかきながら、彼は気まずそうに言葉を引っ張りだした。
「昨日の夜は、言い過ぎた。悪かった。」
 まるで重い荷物を放り捨てて逃げるように、タッパはその言葉の先っぽがハウの上に落ちたのを見届けるとすぐ、相棒の後を追った。
 背負ったものを一つ減らした彼らの背中は、昨夜とは違う光の下、どこにいるのかよく見えた。
 ハウは、写真を受け取ってもらえなかった時とは違う種類の戸惑いに、しばらく目を見開いていた。それからふっと口角を上げた。きっとタッパ本人には見えていなかったけれど、それはやわらかな許しの笑みだった。
 何度も出会い、ぶつかった末に、互いの理解を深め、ハウの人生がさらに面白くなった瞬間だった。
「スカル団の人たち……」
 いつの間にかロトム図鑑が、カイの鞄から顔をのぞかせていた。
「今日はなんだか、いつもと違ったロト。」
「怖かった?」
 カイが尋ねると、ロトムはちょっとだけ考え、ううんと否定の返事をした。
「ボク、あの人たちの写真、撮ってないって考えてたロト。写真、撮らなくて良かったロ?」
「そうだなー。焦らなくても、きっとこれからたくさんその機会があるって、おれは思うよ。」
 ハウがロトムに微笑みかけた。それから、「さて」とカイを見た。
「リーリエへの小包、仕上げちゃおっかー。」
 カイはうなずいた。ロトム図鑑も元気よく飛びだした。
 ハウは、スカル団員たちからもらったグズマの写真に再度目を落とした後、丁寧に写真束の中に入れた。
 寄せ書きと写真は同じ封筒に入れることにした。「みんなからのメッセージ」感がより伝わっていいだろうと思ったからだ。
 封入の前、ハウは寄せ書きを手に持って、一つ一つのメッセージを満足そうに眺めた。カイがハウに身を乗りだすと、ハウは紙を傾けてカイにも見えるようにしてくれた。
 寄せ書きの内容は、一つとして同じものはなかった。それぞれの言葉選びはもちろん、文字の大きさや筆跡、インクの色も違う。可愛いイラストを添えてくれた人もいる。しかしそれらはリーリエのことを想って書いたという一点において、すべて共通していた。
「リーリエ、きっと喜んでくれると思う。カイとロトム図鑑のおかげだねー。ありがとう、二人とも。」
「えっへんロト! 写真はこれからもボクにお任せロト!」
「頼りにしてるよロトム。ロトム図鑑はもちろん、ハウのアイデアあってこそだと、私は思う。」
 褒められてぴゅんぴゅん飛び回っているロトム図鑑を見やってから、カイは答える。
「ありがとう、ハウ。」
「へへ、どういたしましてー。」
 二人はにっこり笑み交わし、寄せ書きと写真を封筒に入れた。
 エーテルハウスの園児たちが書いてくれた画用紙は、二つ折りでちょうどいいサイズになった。段ボール箱の底に画用紙を入れて、島巡りの証の小箱を入れて、その上にカイの手紙、ハウの手紙、写真と寄せ書きがそれぞれ入った封筒を乗せ、すき間に緩衝材を詰めた。包装紙でくるみ、ひもで結べば、小包の完成だ。
「これ、きっと、最高の手紙になったよ。リーリエに宛てた、世界で一つだけの、おれたちの手紙。」
 感慨深く小包をカイに掲げて見せ、ハウはそう言った。
 カイにはアローラの魅力を引き出す能力があると、マツリカが褒めてくれた言葉を、今は素直に信じたい。カイがハウとロトムと共に映しだしたアローラの景色を、リーリエはきっと気に入ってくれるはずだ。それに、ククイとバーネットが託してくれた島巡りの証にも、二人の手紙にも、リーリエへの想いがぎゅっと詰まっている。
「うん。最高の手紙になったね。」
 カイは深くゆっくりと首を動かし、ハウにうなずいた。