幕間

ハウのことが、大嫌いだった

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「なーなー、カジは島巡りパートナー、誰にするー?」

 ハウが尋ねた時、ぼくは感情をほとんど表に出さずに答えた。

「島巡りには行かない。」

 えっ? とハウが驚く。ぼくは意にも介さず続けた。

「11歳になったからって島巡りは義務じゃないだろ。ぼくは行かないよ。」
「そう、なんだー。」

 意外とあっさりハウは引き下がった。ハウのことだから「えー、一緒に島巡りチャンピオンめざそーよ!」とか叫ぶかと思ったけど。代わりにハウは、ぽつりとつぶやいた。

「おれー、カジとゼンリョク祭りで勝負したかったな。」
「島巡りトレーナーが1人しかいなかったら、しまキングが相手してくれるんじゃなかったっけ? よかったじゃん。ハウ、ハラさんと戦いたがってたもんな。」

 突き放すように言った時、ハウがどんな顔をしていたのかぼくは覚えていない。そもそも見てもいなかったから。
 それが、ぼくとハウがまともに交わした最後の会話だった。


 ぼくとハウは同じ年に、同じリリィタウンで生まれた。しかもどちらも長男だ。ただひとつ決定的に違ったのは、その血筋だった。
 ぼくはリリィタウンの小さな商店の息子。
 対してハウはメレメレ島の首長、しまキングの孫だった。
 ハウが島巡りに積極的なのも、それゆえだろう。アローラの伝統を守るしまキングのお膝元にいれば、11歳の少年少女は誰でも島巡りをしてチャンピオンを目指すもの、と思い込むに決まっている。
 ぼくはそういう古いしきたりとか暗黙のルールとかに縛られるのが嫌いだ。だから島巡りにも行かなかった。
 結局チャンピオンにもなれず、島巡りから帰った後はスカル団なんかとつるんでるハウを見るに、ぼくの判断は正しかったと思う。


 さて、ポケモントレーナーにならなかったぼくが今何をしているかというと、ハウオリシティの学校で勉強している。と言ってもリリィタウンから通うのは大変だから、リモート教室だ。
 自分の足で島も巡らずに、ってよくない顔をする人もいる。でもぼくは逆に、実際の場所に行かなくても、先生や友達と話ができて多くの知識を教えてもらえるほうが、すごいって思う。今どきのアローラの子供には島巡りなんて必要ないってこと、ぼくが証明してやるんだ。
 授業のためには、通信機器とかモニターとか必要機材がいろいろあったけど、そこは父さんの職業柄、すぐに取り寄せてもらえた。物流の少ないリリィタウンで、町の人の「あれが欲しい」「これを持ってきて」という希望を叶えてあげるのが父さんの主な仕事だから、息子に必要な物をそろえるくらい、父さんには訳ないことだった。
 ぼくはそんな父さんを手伝うこともよくある。

「カジ、客間の掃除を頼むよ。資料も運んでもらえると助かる。」
「了解、父さん。」

 特にここ数日は、父さんの重要な商談相手が来ているということで、こまごまと忙しかった。
 お客さんの名前はアツヤ。若い男の卸商人で、シンオウ地方の出身だ。短く整えたサラサラの金髪、グレーがかった茶色い瞳に白い肌。一目でアローラの人間ではないと分かる。男性のわりには小柄で声も高いけど、いつも堂々ハキハキとした雰囲気で、けっこうカッコいい。
 アツヤさんが専門に扱うのは、各地方特有の雑貨や衣類や食べ物などだった。だからアローラに滞在している間は、文化の勉強も兼ねてしまキングの家に宿泊しているそうだ。
 ぼくはアツヤさんから他地方の話を聞いてみたかったんだけど、はじめましての挨拶の後はなかなかしゃべる機会がなかった。わざわざハウのいるしまキング宅を訪ねる気にはなれなかったし、アツヤさんはリリィタウンの内外問わず商談へ向かうのに忙しそうだったからね。メレメレ島ってそんなに行く所あるかなと不思議なぐらいだった。  ある日マキが――あっマキっていうのはぼくの4歳下の妹のことだ。マキがリリィタウンを歩いているアツヤさんを見つけて、大きな声で話しかけた。

「アツヤさん、ポケモンみせてください!」

 仕事の邪魔だと思ってぼくは急いでマキを止めたんだけど、アツヤさんは「いいよ」と快くモンスターボールを出してくれた。

「私の相棒、ニューラのギンジだ。どうぞよろしく。」

 ニューラ。初めて会うポケモンだ。ぼくはちょっと身を乗りだす。
 開いたボールから現れたのは、銀色の獣だった。右耳に比べ左耳がぐんと伸びていて、濃い紫が際立っている。前足の爪は夜の色に染まって長く鋭く、宝石みたいに真っ赤な目がぼくたちを映しこんでいた。身長はマキよりも一回り小さいくらいだけど、人間よりもがっちりした体つきだから、ニューラのほうが大きい印象だ。
 マキは少し怖じ気づいたのか、ぼくの服のすそをぎゅっとつかみながらも、

「うわぁ、きれいなポケモン。」

 とつぶやいた。ニューラは「にゃり」と鳴くと、興味深そうにマキに近づいた。マキは「きゃあ!」と笑い声を上げ、楽しそうに走りだした。ニューラがマキを追いかける。ふたりで輪を描くようにくるくる駆けて、どっちがどっちを追っているのか分からなくなったころ、転がるように地面に座りこみ、くっついて歓声をあげた。

「すみません、アツヤさん。」

 幼い妹に代わり、ぼくはアツヤさんに謝る。アツヤさんは

「いや、ギンジも楽しそうで何よりだ。」

 とくすくす笑っていた。

「アツヤさん、明日もギンジちゃんに会える?」
「もちろん。気軽に声をかけてほしい。」
「やった! またあそぼうね、ギンジちゃん!」
「ありがとうございます、アツヤさん。」

 ぼくはなるべく分別のある兄として振る舞ったけど、内心ではとても嬉しかった。ぼくもアツヤさんのポケモンのこと、ずっと知りたかったもんね。
 アツヤさんもニューラもいい人たちで良かった。
 この時はまだ、素直にそう思っていた。


 ニューラのことをもっと知りたくて、ぼくは父さんにポケモン図鑑が欲しいとせがんだ。ロトムが入ってるような最新のじゃなくて、紙の本でいいからと。
 ところが父さんが仕入れてくれたのは、子供向けのやつだった。アローラの外では違う姿をしているポケモンを中心に紹介したもので、ページ数はそんなに多くない。どうやら父さんはマキと一緒に読んでほしいと思ったようだ。ニューラは載っていたから、ぼくは仕方なくそれで妥協した。
 マキは図鑑に大喜びで、川辺で拾ったすべすべの石とかツツケラの尾羽とか近所でつんだ花とかを隣にいっぱい並べて、ポケモンの説明文をたどたどしく音読していた。大好きな宝物に囲まれて過ごすのが、マキのお気に入りだ。どうやら図鑑もその1つに加わったらしい。まったくもう、それぼくのなんだけど。

「マキ、石とかはしまえよ。本が汚れちゃうだろ。」

 小言をこぼすと、マキはぷくっと頬をふくらませてぼくをにらんだ。妹のその表情を見ると、ぼくはいつもドキッとする。

「ハウにいちゃんが、にいちゃんだったら良かったのに!」

 いつだったか妹とけんかをした時にそう言われた記憶が、いまだに抜けないとげのようにぼくの胸に刺さり、じくじくと痛むからだ。
 マキはぼくと違ってハウと仲がいい。たまに遊んでもらうこともある。ハウは誰にだって笑顔を絶やさないやつだから、ハウと比べればそりゃぼくは優しくもないし、ダメな兄ちゃんだろう。
 でもどう思われているにせよ、ぼくだって図鑑が読みたい。

「ニューラのとこ、読んでもいいかい?」

 むくれたマキをなだめるように、ぼくはなるべく穏やかな口調で尋ねた。
 マキは案外すんなりと「うん、よんでー」と図鑑をぼくに寄越した。読み聞かせてあげるって意味じゃなかったんだけどな。ちゃっかりした妹だ。
 ともあれぼくはニューラのページを開くことができた。一緒にのぞきこむマキの後頭部に隠れてちょっと見えにくかったけど、そこにはニューラの写真が載っていた。

「このニューラ、黒いよ。ギンジちゃんとちがう。」

 なるほどマキの言う通り、図鑑のニューラはアツヤさんのニューラと色や模様が異なる気がする。

「いろんなニューラがいるんじゃないか。オドリドリだって4色いるだろ。」

 それはぼく自身を納得させるための推測でもあった。まれに通常と色が違うポケモンがいるという話は聞いたことがあるし、全体的な形や赤い瞳は実際に見たニューラそのものだったから。これに比べればオドリドリのほうがよっぽど別種のポケモンだ。
 タイプは悪、氷。分類はかぎづめポケモン。平均的な高さ0.9m、重さ28.0kg。
 ニューラの基本情報をなぞった後、ぼくは添えられている解説文を口に出して読んだ。

ずるがしこく、どうもうなせいしつ。親がいないすきに巣に入り、タマゴをかすめ取って食べてしまう。

「にいちゃん、どうもうってどういう意味?」
「ええと……けんかっぱやくて荒っぽいってことだよ。」

 マキの質問に答えながら、ぼくはもう一度その文章に目を通した。
 ずる賢い。どうもう。タマゴを盗んで食べてしまう……。
 意外な内容だった。マキと一緒にころころ転がるアツヤさんのニューラの姿からは、そんな性質ひとつも予想できなかった。あるいは本当にずる賢くてどうもうな者は、かえってそれと真逆な様子を見せて相手をだますのだろうか。
 マキがニューラに襲われなくて良かった。
 ぼくは今さらながら肝を冷やした。


 だから図鑑を読んだ次の日に、アツヤさんとニューラに会った時のぼくの「アローラ」は少しぎこちなかったと思う。アツヤさんは全然気づかず普通に挨拶を返してくれた。
 今日の天気はぐずり気味ですねとか、商談が一段落して今は観光気分なんだとか、ちょっと雑談した後、「そうだ」とアツヤさんが切り出した。

「カジくんにお願いがあるんだ。」
「何ですか?」
「戦の遺跡まで案内を頼めないだろうか。せっかくだから見学したいと思ってるんだが、山道の奥にあると聞いてね。」

 その時ぼくはなぜだか分からないけど、嫌な予感がした。アツヤさんの目の色がおかしい気がする。いや、もちろんいつもと同じグレーブラウンなんだけど、普段と違うものを見ているというか。ぎらついているというか。
 不意にぼくは、昨日読んだニューラの図鑑説明文を思い出した。ずる賢く、どうもうな性質。本当にずる賢くてどうもうな者はきっと、それと真逆の様子で相手をだます。例えば、善良な商人のふりをするとか……?
 アツヤさんの隣で穏やかにたたずんでいるニューラが、急に恐ろしく思えた。

「いや、遺跡はちょっと……。」
「そうなのかい。なぜ?」
「アローラの外の人を入れたら、カプに怒られちゃうかも、しれないし。」

 でたらめだった。でもカプ・コケコは気まぐれな神様らしいから、大きく間違ってはいないだろう。
 アツヤさんは「そうか」と納得してくれた。

「じゃあ仕方ないな。引き留めてすまなかった、カジくん。またね。」

 アツヤさんはにこやかに手をひらひらさせて去っていった。ニューラも後に続いたが、途中、一度だけ振り向いてぼくを見た。射すくめられるような赤目だった。
 2人の背中が遠ざかってから、ぼくはほうっと長い息をついた。それから、ぼくが感じた不安はぜんぶ的外れのようにも思えてきた。アツヤさんは本当にただ戦の遺跡を観光したかっただけかもしれない。だとすれば気の毒なことをしてしまった。
 妙な緊張と罪悪感で、ぼくはなんだかどっと疲れた。  アツヤさんが来てしばらく経ったある日のこと。
 町内を歩いていると、なにやらしまキングの家のほうが騒がしい。何人も集まり、怒ったような慌てているような口調で話している。ハウもいた。いつもへらへらしているあいつも、今は深刻そうな様子だった。

「しまキング宅で盗難があったんですって。」

 ぼくと同じように遠巻きに眺めていた町人のおばさんが教えてくれた。

「えっ、本当に!?」

 思わず声が裏返る。わざわざ島で一番偉い人間から物を盗むなんて、怖いもの知らずなやつもいるものだ。

「何が盗まれたの?」
「ポケモンのタマゴだそうよ。島巡りトレーナーに渡す用の。専属のお世話係を付けて、大切に育てていたんですって。」
「へえー。タマゴが……。」

 そこまで口に出して、ぼくはどきりとした。
 ニューラはタマゴを盗んで、食べてしまう。
 図鑑の解説文を読んだ時の身震いがよみがえる。いやいやいくらタマゴが欲しくても、あえてしまキングの家を狙うなんて、そんなこと普通ならしない。
 そう、アローラの普通を知っているなら。だけど、他地方から来た人とポケモンならどうだろう?
 戦の遺跡に行きたいと言ったアツヤさんの、あの異様な雰囲気はなんだった? そもそもアツヤさんは、商人にしては不自然なくらいメレメレ島のいろんな場所を訪ね、調べていた。何かの悪巧みの可能性は?
 埋めたくないパズルのピースがはまっていく。ぼくはぶるぶると頭を振って、いったん思考を中断した。憶測だけじゃだめだ。直接アツヤさんに会って確かめないと。

「おばさん、アツヤさん知らない? あの、シンオウから来た商人さん。」
「ああ、例の金髪美人さんね。あっちの方に行くのを見たわよ。急いでるみたいだったけど。」
「ありがとう、おばさん!」

 ぼくはまだ世間話したそうなおばさんを置いて、教えてもらった方角へ走った。



「アツヤさん!」

 町の外れにアツヤさんとニューラがいた。ぼくが後ろから声をかけると、アツヤさんはひどく驚いた様子で振り返った。

「やあ、カジくん。どうしたの。」

 その時アツヤさんが鞄に何か隠したのを、ぼくは見逃さなかった。
 さらに決定的なことに、ニューラが口をもぐもぐと動かしていた。
 遅かった……。タマゴが、食べられてしまった。
 ぼくは半分は絶望、半分は推理が当たったことへの興奮で、頭の中がカーッと熱くなるのを感じた。ぼくにしか解けないパズルを解いた。島巡りに行かない子供でも一人前になれるって、これでみんな理解するだろう。
 ぼくは語気を強めた。

「今、何を隠したんですか。」
「いやー、あの、えっと。」

 アツヤさんは愛想笑いを浮かべながら言葉をにごす。
 ぼくは単刀直入に切り込むことにした。

「タマゴ、返してください」
「えっ?」
「ぼく図鑑で読んだんです。ニューラはタマゴを盗んで食べてしまうって。」
「ちょ、ちょっと待って。何の話?」
「とにかく、しまキングの家に行きますよ! 言い訳はそこでお願いします。」

 ぼくはアツヤさんの手首をつかんで引っ張った。アツヤさんは「カジくん、ねえってば」と慌てた様子だったけど、ぼくが構わずぐいぐい進むので観念したらしく、おとなしく付いてきてくれた。
 ニューラも小首をかしげながらアツヤさんと歩みを共にする。ぼくにはもう、その無邪気な瞳が血の色にしか見えなかった。


 しまキング宅の前に着くと、人だかりはまだあった。その中に父さんがいたから、ぼくは呼びかけた。

「父さん!」
「おお、カジか。アツヤくんも。どうしたんだ2人とも、仲良く手なんかつないで。」
「父さん、聞いて。タマゴ泥棒が見つかったんだ。ぼくも信じたくなかったんだけど……アツヤさんが。」
「アツヤくんが?」

 父さんがけげんそうに眉を上げる。

「何を言ってるんだ。結局タマゴ泥棒なんていないって、分かったところだぞ。」

 父さんが群集の中心を指す。
 草で編まれたかごの中に、3個のポケモンのタマゴが傷ひとつなく寄り添っていた。側で若い女性が安堵にむせび泣いていて、大きなピンク色の丸っこいポケモン、ラッキーがなだめるように彼女の背中をなでている。周りの人もポケモンも皆、安心した様子の笑顔だった。

「タマゴの世話係くんが新人でね。慣れない仕事の中、うっかりタマゴから目を離した際に、ラッキーが保護してくれていたそうだよ。それに気付かず、慌てておおごとにしてしまったらしい。」

 可笑しそうに口の端を上げた後、一転、父さんは厳しい視線をぼくに向けた。

「カジ。アツヤくんを盗人扱いしたのか。」

 体温がさっと落ちる。父さんに答えなきゃという義務感だけで絞り出された言い訳が、弱々しく震えた。

「だ、だって。アツヤさん、何か鞄に隠して……」
「あー。あれはマラサダだよ。」

 言ってアツヤさんは、鞄から紙包みを1つ取りだして見せた。それは確かに、なんの変哲もない食べかけの菓子だった。

「訪問先に揚げたてをもらったんだ。私たちの分しかなかったから、気まずくて。」
「じゃあ、ニューラが食べてたのも。」
「もちろんマラサダさ。私のギンジはタマゴを盗んで食べたりはしない。」

 ぼくはいよいよ言葉を失った。アツヤさんをつかんでいた手が、つるりと落ちる。冷や汗でベトベトになった肌でアツヤさんに触れている勇気は、とてもなかった。

「カジ! アツヤくんになんて失礼を!」

 アツヤさんは状況から大体の事情を察したらしい。「まあまあ」と静かな口調で父さんをさえぎった。

「私とギンジの容疑が晴れて良かったです。カジくんもタマゴのことを思っての行動だったんでしょうし。」
「本当に申し訳ない、アツヤくん。田舎の狭いムラなもんで、まず余所者を疑っちまう悪い癖があるんだ。」

 まず余所者を疑ってしまう、田舎者。
 その通りだ。アローラの外から来た人間だからという理由で、ぼくはアツヤさんを疑った。
 あんなに嫌っていた田舎者の正体は、ぼく自身だった。
 ぼくたちからずっと離れた場所で、ハウが笑っている。ハウがぼくたちのやり取りを見ていたはずはないのに、冷たい声が勝手に頭の中でこだまして止まなかった。


『4つの島ぜんぶを巡ったおれと、いつまでもリリィタウンに閉じこもったままのきみと、本当の田舎者はどっちだと思うー?』


 ぼくはよろよろと後ずさり、背中を向けて駆けだした。父さんが呼んでいる気もしたが、構わなかった。
 走って、走って、遠いどこかに行ってしまいたかったんだけど、まだリリィタウンも出ないうちに体が限界を迎えた。
 ぼくはハアハアと荒い呼吸を繰り返しながら、崩れるように座りこんだ。深くうつむいて目を閉じ、何も見ず、聞かないようにした。

「カジくん。」

 どれくらい経った後か、それとも数分後のことか。アツヤさんの声がした。追いかけてきたんだ。ぼくは応えなかった。応えられなかった。
 隣にアツヤさんが腰を下ろす気配がした。
 しばらく沈黙が続いた。ぼくの息も落ち着いて、辺りにはキャタピーがミリミリ葉っぱをかじる音や、風に優しく揺れる葉擦れの響きだけが満ちている。
 ぼくは少し顔を上げて、アツヤさんをちらりと見た。
 心配そうにぼくをのぞきこむアツヤさんのグレーブラウンの瞳と、目が合った。ぼくがその視線から逃げだす前に、アツヤさんは言った。

「きみとマラサダを分けあえなかった、私も悪かったんだよ。」

 途端、ぼくの言葉は堰を切ったようにあふれ出した。

「アツヤさん、泥棒扱いして、本当にごめんなさい!」

 くずおれた体から無理に変えたへんてこな姿勢で、ぼくは深々と頭を下げた。
 アツヤさんは「いいんだ。顔を上げて」と言った。

「私は余所者だ。疑われても仕方がない立場だからね。」
「それです。だからこそぼくは最低なんです。」

 どういう意味? とアツヤさんの視線が問いかけた。ぼくは上手くまとまらない言葉をなんとか寄せ集める。

「ぼく、リリィタウンが嫌いです。古臭い田舎だから。町の中で起きたことは、次の日には広まってるし。しまキングの一族は、それだけでちやほやされるし。島巡りなんていう昔ながらの風習を、いまだに喜んで受け入れてる子供もいるし。」

 脳裏にハウの姿がちらつく。おまえなんて大っ嫌いだ。そう思えば思うほど、それ以上に憎い自分の存在が浮き彫りになった。

「でも、ぼくは余所者だからって理由でアツヤさんを疑ってしまった。泥棒を捕まえたら、しまキングや皆に認めてもらえるって期待もあったかもしれない。ぼく……ほんとに田舎臭くて嫌な人間だ……。」

 しゃんと座っていようとしても、体に上手く力が入らなかった。
 アツヤさんは沈むぼくの背中に、そっと手を置いてくれた。

「私もそうだった。」
「えっ?」
「私もズイという小さな町の出身でね。きゅうくつで息苦しくて、なによりそんな場所に迎合してのうのうと生きている自分のことが、嫌いだったよ。」

 意外な共通点だった。ぼくは思わずアツヤさんのほうに身を乗りだして、「それで」と尋ねる。

「アツヤさんは故郷を出たんですか?」
「うん。他にもいろんな要素はあったけどね。でも、そうして初めて分かったこともあるよ。」
「どんなこと?」
「田舎もけっこう、悪くないなって。」

 ああ、やっぱりアツヤさんはぼくとは違う。ぼくは「ふぅん……」とため息をついて、再び肩を沈ませた。アツヤさんはちょっと笑った。

「けどもちろんそれは私が得た結論だからね。私の信条は『自分の目で見て判断すること』だ。カジくんが私と同じ経験をしたとしても、きっと異なることを感じるだろう。目が異なるのだから。」
「自分の目で見て……。」
「そう。だから私の仕事スタイルはこんななんだ。実際に行って現物に触れないと安心できなくてね。ついでに各地の名所を訪ねられるのも気に入ってる。遺跡とかけっこう好きなんだ。仕事中に遊ぶようなもんだからあまり公にはしないけど……。」

 はにかむアツヤさんを見て、ぼくは納得した。

「だから戦の遺跡に行きたいって言った時、雰囲気変わってたんですね。」
「えっ、そう?」
「うん。いつもと違う目の色でした。ギラギラしてて。」
「そ、そうか……。いやあ、お恥ずかしい。」

 頭をかくアツヤさんは、普段のカッコいい商人さんではなく、子供っぽい近所の兄ちゃんって感じだ。「あのさ、アツヤさん」とぼくは遠慮がちに提案した。

「もしよかったら戦の遺跡、案内しましょうか。」
「え、いいのかい? 余所者が入ったら、カプに怒られるんじゃなかったっけ。」
「うーん、わかんない。カプ・コケコは気まぐれらしいから、挨拶に行かないほうが機嫌悪くするかも。それに、今回の件のお詫び、です。」
「そう……そうか! それじゃあ、お言葉に甘えようかな!」

 喜んで立ちあがるアツヤさんが本当に子供みたいで、ぼくはやっと笑みのこぼし方を思い出した。  今日は父さんの店で、アツヤさんの特別セールが行われる日だ。
 アツヤさんはもうすぐアローラでの滞在を終える。世話になったお礼にということで、シンオウ地方から持ち込んだいろいろな道具やめずらしいきのみなどを、格安で販売してくれるのだそうだ。
 あいにくこの日は父さんの配達業務が重なっていたので、ぼくがアツヤさんのお手伝いをすることになった。
 セールの開催時間は、正午から売切れ次第終了の超期間限定。
 ぼくとアツヤさんは朝から品物を並べたりのぼりを立てたり、大忙しで準備をした。

「にいちゃーん。ポケモンずかん、よんでー。」

 例の図鑑を大事そうに抱えて、マキが寄ってきた。けどさすがに今は構ってられない。

「また後でな。セールが終わったら遊んでやるから。」

 そう言ってあしらうと、マキはしばらくぐずっていたが、そのうち諦めて去っていった。
 どうにか開店できる形が整ってからのことだ。早めの昼食をとりながらアツヤさんと談笑していたら、母さんがやって来た。

「カジ、マキを見なかった? さっきからどこにもいないのよ。」

 それで、マキの行方不明が発覚した。
 母さんはすぐ父さんに連絡し、それを介してか話はリリィタウンじゅうに一瞬で広まった。ご近所さんも通りすがりの人も、マキの捜索を申し出てくれた。「俺はあちら一帯の裏庭に行こう」「私は倉庫の中を調べてくるわ」「僕のイワンコに頼めばすぐに見つかるよ」……でも、なかなか良い報告は上がってこない。
 もしかしてかくれんぼでもしているかと、ぼくとアツヤさんが店中の戸棚を全部確認し終えた頃。

「カジ! マキがいなくなったんだって? おれも探すの手伝うよー。」

 騒ぎを聞きつけ、ハウがやって来た。
 大嫌いなハウ。久しぶりに話すのに、ハウのほうはまるで昨日遊んだ相手に会ったみたいな顔をしていた。本当はこいつの助けを借りるなんてお断りだ。でも、背に腹は代えられなかった。

「……うん、お願い。」

 ぼくは目をそらしながら、そう答えた。

「最後にマキを見たのはいつ?」
「1時間くらい前かな。マキがポケモン図鑑を読んでくれって来たけど、セールの準備が忙しいから後でって言ったんだ。」
「図鑑……。じゃあポケモンを探しに行ったのかも。どんな図鑑ー?」
「子供向けのやつだよ。アローラの外じゃ別の姿をしてるポケモンが多く載ってる。」
「リージョンフォームかー。それならマキが興味を持ちそうなのは、ニャースかナッシーか……ディグダとかイシツブテもありえるなー。」

 すらすらとポケモンの名前を出すハウを見て、ぼくはハウの島巡りの一端に触れた気がした。図鑑や授業で得た知識だけのぼくとは違って、ハウはきっとそれらのポケモンに会ったことがあるのだろう。どの島で目にしたのだろうか。どんな経験を得たのだろうか。

「おれ、森のほうを探してみるよ。もしマキがイシツブテに興味を持ったらどこに行きそうか、カジ、思い当たる所ある?」

 ぼくがぼうっとしている間に、ハウは結論を出していた。ぼくは「えっと」と慌てて考える。

「マキは……川辺で石なんかを拾うのが好きだ。イシっていう発想なら、そっちに向かうかも。ぼく、川沿いを探すよ。」
「オッケー。じゃあまた後で。マキを見つけたらライチュウを飛ばして知らせるねー!」

 そう言うとハウは慣れた手つきでモンスターボールをひとつ宙に放り投げると、ライチュウを解放する。しっぽに乗ってすいーっと浮かぶライチュウと共に、ハウの後ろ姿はもう見えなくなっていた。

「いい子だよね、ハウくん。ハラさんのご家族にはずいぶんお世話になっているんだ。」

 いつの間にかアツヤさんが隣に立ち、ハウを見送っていた。
 どう返そうかとぼくが考えているうちに、アツヤさんは次の言葉を継いだ。

「私も一緒にマキちゃんを探すよ。」
「え、でもアツヤさん、特別セールが……。」
「何言ってるんだ。マキちゃんのほうが大切だろう。それに少々開店時間を遅らせたところで、怒られる可能性は?」
「1パーセントぐらい、かな。」
「だろ。田舎の美点じゃないか。よし、行こう!」

 こうしてぼくとアツヤさんは、マキを探しに川へと向かった。



 リリィタウンを北東に抜けて川沿いを登っていくと、岩場が増え川の流れも急になる。町の人も普段はあまり近寄らない所だ。
 そんな場所に、マキはいた。

「マキ!!」

 マキは崖の中腹、狭い足場に座りこんで、図鑑を広げて眺めていた。何度か名前を呼んでみるが、川音が邪魔なのかマキが読書に集中しているのか、全然反応しない。マキの足元は今にも崩れそうだ。

「どうしよう、アツヤさん。」

 アツヤさんは周囲を観察し、答えた。

「上のほうはゆるやかだな。きっとマキちゃんはあそこから降りたんだろう。崖上までの道、分かるかいカジくん。」
「はい。かなり遠回りになりますけど。」
「む、間に合わない可能性があるか。」

 ならば、と考えた後、アツヤさんはモンスターボールを手に取った。光と共にギンジが現れる。

「最短距離で迎えに行こう。銀毛のニューラは崖登りが得意なんだ。とはいえここの土はもろそうだから、どこまでやれるかはギンジ次第になるが……」
「にゃらぁ!」

 アツヤさんが言い終える前に、ギンジは勇ましくほえた。アツヤさんは微笑みながらギンジの頭をなで、ぼくも「頼んだよギンジ」とすがる思いで言葉をかけた。
 ギンジはさっそく岩肌に取りつくと、黒いかぎづめを食い込ませる。進むルートをアツヤさんがサポート的に指示し、着々と上に登っていくギンジだったが、

「うーん……やはり土との相性が悪いな。ギンジも無理をしている。」

 しばらくすると進行が遅くなり、アツヤさんもしぶい顔をした。

「カジくん、マキちゃんに呼びかけられるかな。もうちょっとだけ下に移動してもらえれば、早く合流できそうだ。」

 アツヤさんの提案に、ぼくは慎重に状況を見て考える。アツヤさんとギンジがこんなに頑張ってくれているんだ。ぼくもゼンリョクで判断しなきゃ。

「いえ。」

 ややあってぼくは答えた。

「マキはたぶん図鑑に夢中で、自分がどこにいるか分かってません。あんな高い所にいるって気づいたら、パニックになっちゃう。声も届きにくそうだし、中途半端に呼ぶよりは、マキには動かないでもらったほうがいいと思います。」

 アツヤさんは少し驚いたふうにぼくを見た。それからすぐに、なるほどとうなずいた。

「ならこのまま行こう。ギンジ、焦らず進める道を選べ!」

 ギンジが「にゃーっ」と承知した。
 そうしてギンジは時々遠回りをしつつ、確実にマキに近づいていく。ぼくはハラハラしっぱなしだったけど、マキはずっと図鑑を読んでいたし、アツヤさんとギンジのコンビネーションは抜群だった。ギンジはついにマキのもとへ到着した。
 マキはギンジに気がついて顔を上げ、直後、自分がどこにいるか知ると、「きゃあぁ!」と叫んでギンジにすがりついた。

「マキー! 大丈夫だよ! そのままギンジにつかまってて! すぐ迎えに行くから!」
「にいちゃん!」

 ようやくマキがこちらを見た。ぼくはいてもたってもいられず、崖上につながる道を駆けだした。
 息を切らしながらマキがいた真上の辺りに到着すると、ちょうどマキをおんぶしたギンジが崖を登りきったところだった。

「わあぁぁん、にいちゃん!」

 ぼくの姿を目にするや、マキはギンジから降りてぼくにしがみついた。

「マキ、けがは? 痛いとこないか? なんであんな所にいたんだよ。」
「だって、ずかんのポケモン見つけたら、にいちゃん、あそんでくれるかなって。」

 マキの持つポケモン図鑑は、イシツブテのページが開いていた。山や岩場にたくさんいる、と書いてある。

「……もう。終わったら遊ぶって言っただろ、バカマキ。」

 マキを抱きしめ返してやりながら、ぼくは胸に刺さったとげがぽろりと抜け落ちるのを感じた。ぼくが、マキの兄ちゃんでいいんだ。
 続いてアツヤさんもぼくを追いかけやって来た。

「マキちゃん、大丈夫かい!?」
「はい、無事です。」

 まだぼくにくっついているマキに代わって、ぼくは答える。

「ああ……良かった。何事もなくて。」
「にゃぶふぅ。」

 アツヤさんとギンジが同時に安堵の息を吐いた。こんなふうに文字通り息ぴったりのふたりだから、故郷から遠い地方にいても、危険な崖に立ち向かっても、平気でいられるんだろう。
 ぼくもアツヤさんみたいに、信頼できるパートナーと共に、いろんなものを自分の目で見て確かめたい。どこかですでに生まれていた思いが、その時はっきりと形を得た。

「アツヤさん、ギンジ、本当にありがとうございました。」

 改めて深々と、ぼくは頭を下げた。
 マキもぼくにならって「ありがとうございました!」とお辞儀する。

「アツヤさんもギンジちゃんも、とってもかっこいいね。プリンセスみたい。」

 プリンセスというのは、マキが好んで観るアニメ映画シリーズの登場キャラクターのことだろう。確かに勇ましくてかっこいいお姫様も多いが。

「マキ、アツヤさんに言うなら王子様――プリンスだろ。」
「おや。」

 声を上げたのはアツヤさんだった。

「私の身体性は女性だよ。プリンスに訂正したほうがいいのは、ギンジだけだね。」

 まさかの告白だった。ぼくは目を丸くする。

「でも、アツヤって男性名じゃ……。」
「それはファミリーネーム。あれ、カジくんにちゃんと名乗ったことなかったっけ? これは大変な失礼をした、申し訳ない。私の名前はシオリ・アツヤです。以後お見知りおきを。」

 外見だけでは判断できないこともある。自分の目で見て確かめるとは、ただ視界に入れるという意味ではないことを、ぼくは早くも思い知った。
 とにもかくにもマキの捜索と保護は、衝撃の事実発覚に全部持っていかれそうになりながらも、無事に完了した。  リリィタウンに帰ると、家の前には父さんと母さん、しまキングまでそろっていた。
 マキ救出の経緯の報告、ギンジへのねぎらいと休憩、協力してくれた町人たちにまた説明……。なんてことを繰りかえし、やっとアツヤさんの特別セールを開催できたのは、予定より2時間も経ってからのことだった。
 開店直後はたくさんのお客さんで店先はごった返したけど、時間の遅れに怒っている人は、0パーセントだった。
 アツヤさんは来店者1人1人と親しく話をしていて、中にはリリィタウンの町人ではないアローラの人もいた。アツヤさんが自らの足で島中を巡ってその生業や文化を学び、信頼関係を築いていたことがよく分かる。どうやらぼくは、メレメレ島のことすらまだ全然知らないようだ。
 お客さんが一段落した頃、残り少なくなった商品の1つが、ひときわぼくの目を引いた。

「これ、何ですか? キーホルダー?」

 干しきのみが並ぶ箱の隣に、手のひらサイズの装飾品があった。輪と直線を組み合わせた不思議な模様をかたどっていて、色はあせた若草色。赤いひもが結わえられている。ずいぶん古いもののようだ。

「ああ、それは昔のお守りだよ。所持者にもしも不幸があっても、これが身代わりになってくれると伝えられている。旅人の無事を祈る類のものだね。」
「へえー。島巡りの証にちょっと似てるな。」
「島巡りの証とは?」
「島巡りトレーナーが旅立つときにもらう、参加証明みたいなものです。島巡りが実り多く健やかなものであるようにって祈りが込められてます。」

 少し間を置いて、ぼくは続けた。

「ぼく、島巡りに行こうと思ってます。」

 アツヤさんは否定も肯定もしなかった。

「カジくんは島巡りには行かないと聞いていた。」
「はい。一度はそう言いました。島巡りなんて古臭い田舎の習慣だって考えてたから。でも今は……それが本当かどうか、自分の目で確かめたい。それに、アツヤさんみたいにポケモンと仲良くなれたら、いいなって。」

 アツヤさんは「うん」と微笑んだ。

「カジくんなら大丈夫だ。共に過ごしたのは短い期間だが、きみはちゃんと自分の目で見て判断できる人間だと、私は感じたよ。」

 誰よりもアツヤさんにそう言ってもらえるのが嬉しかった。ぼくは赤い顔がばれるのが恥ずかしくて、うつむいたまま「ありがとうございます」と答えた。

「そうだ。じゃあその身代わりお守りはプレゼントしよう。私からの餞別だ。」
「えっ。」

 それでぼくはお守りをいじり続けていたことに気がついた。

「もちろんカジくんが良ければだけど。島巡りの証がもらえるなら、被ってしまうから必要ないかな?」
「そんなことないです! すごく嬉しいです。」

 慌ててぼくは言う。それから手の中の若草色をなでた。

「シンオウとアローラ。両方のお守りに祈ってもらえるぼくの島巡りは、きっと最強です。ありがとうございます、アツヤさん!」
「どういたしまして。カジくんの旅路に、たくさんの幸いがありますように。」

 アツヤさんも笑ってうなずいた。



「カジー! アツヤさんー!」

 ハウがやって来たのはそれから間もなくだった。ぶんぶん手を振りながら店先に走ってくる。

「聞いたよー、マキ無事だったって! ほんとに良かったねー!」

 この時間まで姿を見せなかったということは、きっと森のずいぶん奥まで探しに行ってくれていたのだろう。さすがのぼくも申し訳ない気持ちになった。ハウが力を貸してくれて助かったこと、的確なアドバイスのおかげでマキを発見できたこと、伝えるべきはたくさんあったはずなんだけど、

「ごめん、ハウ。ありがと……。」

 結局、そんなことしか言えなかった。ハウは「あはは」と笑った。

「なんでカジが謝んのー? あっ、アツヤさん、特別セールってこれー!? おれも見たいー!」
「もちろん、どうぞどうぞ。」

 ハウの興味はもう商品に移っていた。ぼくはなんだか宙ぶらりんな気持ちになりながら、店先を眺めるハウを眺めた。
 シンオウの品物をあれやこれやと手に取ってアツヤさんと楽しそうにしゃべるハウは、ぼくと同じただの11歳の少年だ。ぼくはその時初めて「しまキングの孫」じゃないハウの姿を見た気がした。
 シンオウのことを教えてもらったお礼か、今度はハウがアツヤさんにアローラの話を聞かせている。

「ラナキラマウンテンには青い結晶みたいな岩があってー、吹雪の中ですごいきれいだったんだよー。島巡りしてよかったなーって思い出す景色のひとつなんだー。」

 島巡りの話題。
 宣言するなら今だ、とぼくは思った。

「ハウ。」

 ぼくは2人の会話に割り入った。

「ぼくも、島巡り行くから。」

 ハウは驚いた顔でぼくを見つめた。それからぼっと頬に赤みを差し、口角を上げ、「ほんとー!?」と叫んだ。

「じーちゃんにはもう言った!? 最初のパートナー誰にするー?!」
「ま、まだこれからだよ! ぼくにもいろいろ準備があんの!!」

 食い気味に迫って来たハウから身を引きながら、ハウの勢いに負けないようにぼくも大声を上げた。ああもう、やっぱりこいつ苦手だ!

「へへー、ごめんごめん。」

 ハウは頭をかいてへらりと笑った。

「応援してるよ、カジ。きみの島巡りに、たくさんの幸いがありますようにー!」

 祈りの言葉と共に、右手を差し出す。
 正面から向き合ったハウの顔はこんなだったなと、どこか懐かしささえ感じながら、

「……どうも。」

 ぼくは短く答え、握手に応じた。


 ハウのことが、大嫌いだった。
 今はまあ、嫌いぐらいにしといてやるかと、思っている。 挿絵:島巡りの証と身代わりお守り 挿絵:肩を組むカジとハウのイラスト。カジはピカチュウのお面を持っていて、仏頂面。ハウはケケンカニのお面を持っていて、楽しそう。