結婚式
カイから皆様に宛てた手記
さて、ここからは私とハウさんの結婚式がどんな様子だったのかをお話しようと思います。
本当は式にも皆さんをご招待できれば良かったのですが、カプの神前式には親族としまキング・しまクイーン、あとは一部の許可を得たポケモンしか立ち会えない決まりがあるんですって。
そう、私たちはカプ・コケコの御前――戦の遺跡で挙式しました。アローラの伝統的な神前結婚式です。しきたりとか作法とかめちゃくちゃ多くて大変だった……とでも言えれば面白かったのでしょうが、おそらくジョウトやガラルの様式と比べてもそんなに煩雑ではないんじゃないかと思います。時代に合わせて簡略化したり、逆に指輪交換など足された部分もございます、ってハラさんは仰ってました。
ともかく朝は早かったです。
まだお日様も昇る前から、私はリリィタウンのしまキング宅で準備をしていました。まあつまりハウさんの実家です。
「緊張してる?」
とハウさんが問うので
「ちょっとだけ。」
と私は答えました。
実際は、急いている心臓を落ち着かせている真っ最中でした。
ハウさんはしまキングの孫という立場上こういった伝統行事に関わることもあるので、いつも通りの雰囲気です。生来の穏やかな気質もあるのでしょう。さすがは私のハウさんです。
そんなわけで禊は私からさせてもらいました。町外れの森にある小さな泉で身体を清めるのです。といっても石鹸でゴシゴシ洗うわけではなく、専用の白衣を着て水に浸る儀式的なものです。
母親か世話役かパートナーポケモンなら同伴しても良いということでしたので、私は島巡りパートナーのジュナイパー、マルクと一緒に泉に入りました。
清水がひんやりと衣に染みこみ、私を包みます。それは心地よい冷たさで、緊張で凝り固まった筋肉の熱を優しく解いてくれました。
マルクも脚爪をそうっと泉に付け、神妙な表情で身体を沈めました。悪くないようです。マルクが水に強い草タイプのポケモンで良かった。ここはカプ・コケコと縁のある場所だそうなので、ポケモンなら察知できるオーラがあるのかもしれません。
「マルク、私、今日からハウさんのお嫁さんになるんだよ。」
口にするとその音は私の芯にぽっと灯ります。神聖な水中でいっそう輪郭を際立たせる熱をマルクにも分けてあげたくて、私は彼の羽毛に身を寄せました。マルクはふくふくとのどを鳴らしてくれました。「おめでとう」か、もしかしたら「今さら?」と言われたのかもしれません。
禊が終わるとずいぶん気持ちも落ち着きました。服を着替えてマルクをモンスターボールに収め、私はしまキング宅に戻りました。次はハウさんの禊の番ですが、姿は見かけませんでした。身体を清めたら神域に入るまで新郎新婦は会ってはいけない、というのも決まりだそうです。寂しい。
ウェディングドレスの着付けとヘアメイクは、お義母さんも手伝ってくれました。
「懐かしいわ。私たちもカプの御前での式だったの。泉の水は冷たかったでしょう?」
お義母さんは自分の時の話をいろいろと語り聞かせてくれます。おかげですごくリラックスできたし、この後の流れの確認にもなって、本当に助かりました。
私が選んだドレスはやや古風なデザインです。モダンで華やかなのもたくさんあって心惹かれましたが、アローラの伝統をこれからはハウさんと共に受け継いでいくという信念を表したかったから、それに決めました。
長い引き裾はいかにもドレスって感じがしてテンション上がっちゃいますが、とにかく動きにくいのが難点ですね。でも大丈夫です。カプ前式では裾を持って後ろから歩いてくれる役(トレーンベアラー)が、ポケモンでもいいんですって!
というわけで私はモクローとツツケラにお願いしました。このあと2体はずっとついて来てくれてたんですが、裾をつかんで一生懸命ぱたぱた羽ばたいているのがもう可愛いのなんのって。あとでめちゃめちゃポケマメあげました。
ただ優秀なトレーンベアラーがいても、ドレスがある程度汚れてしまうのは仕方がないですね。なにせ挙式会場はマハロ山道の奥、戦の遺跡。整備された道とはいえ、ここをウェディングドレスで歩くのは想像以上に大変でした。普段ならケンタロスに乗って爆速で駆け抜けるのになあ……なんて思いながら、長い裾をたくし上げて抱え持ちます。けれど特別な衣装に身を包んで一歩ずつ坂を登っていると、見慣れた山林も全然違う景色のような気がして、ちょっと楽しかったです。
私とお義母さんが戦の遺跡前に到着すると、すでにハウさん、ハラさん、私の両親がそろっていました。あとハウさん家のヤドンと、ママのニャースも(ポケモンも大事な家族の一員なので!)。ハラさんのケケンカニもいましたが、彼は式に必要な物を運ぶお手伝い役で、遺跡には入らないそうです。狭いですからね。
お義父さんはどうしても出席できないとのことでした。けれど招待状の返信には心からの祝福と愛情が込められていて、ハウさんはそれで十分満足だと言いました。
パパが迎えに来てくれて、私はパパに手を引かれながら式場までの最後の道、吊り橋を渡りきりました。ここからは新郎新婦が顔を合わせてもいい領域です。ハウさんが私に近づきました。
「カイ……。」
ハウさんは私を見つめて名前を呼んだきり、黙りこんでしまいます。でもそれでちょうど良かったのです。私だって、純白のアローラシャツに身を包み、いつも以上に凛々しい花婿さんを目の前にして、同じように言葉が迷子になっているところでしたから。
「とても、綺麗だ。」
「すごく、素敵です。」
ようやく表現を得たタイミングもその内容も、似たようなものでした。試着とか前撮りとかでお互いの正装を見るのは初めてではありませんでしたが、やはり本番の姿は特別です。それにこういうのは何度惚れ直したっていいですよね。
パパがうなずいて手を離しました。私がつながりを失っていたのはほんのわずかな時間だけ。これから家族になる人が、すぐにしっかりと指を絡めてくれました。
「皆様お揃いですな。それでは始めるといたしましょう。」
ハラさんの声かけで、私たちは居ずまいを正しました。
アローラの他の多くの伝統儀式がそうであるように、神前結婚式もしまキング・しまクイーンが主導します。
しまキングはまずケケンカニから水瓶を受け取ると、指先を浸し、参列者たちに聖水を振りかけました。そして緑色の葉っぱを束ねたものを持ち、なでるように動かしました。形式的な禊です。大昔、まだモンスターボールもなかった頃はもっと厳格な手順だったそうですが、今日ではびしょびしょに濡れることも葉で強く叩かれることもありません。それでも皆、真剣な顔つきでしまキングの所作を受け入れていました。一度、滴がかかるのを嫌がったニャースが不満の声を上げた時だけ、小さな笑みが広がりました。
全員の禊が済んだら入場です。しまキングが先頭を行き、次いで新郎新婦、その後に参列者。会話はなく厳かな雰囲気です。
最奥の祭壇はいつも以上に丁寧に清められ、レイ(植物や貝殻、ポケモンの羽や牙などで作った装飾品)や複雑な模様を施されたカパ(伝統的な樹皮布)が飾られていました。
しまキングが神像に最も近い位置、向かって左手に腰を下ろします。私たちの席は祭壇の中央、神像の真ん前。参列者は祭壇には上がらず、階段下の後方に座しました。
一同の着席を確認して、しまキングは用意してあった供物を捧げ、何かを唱え始めました。アローラの古い言葉なので私には聞き取れませんでしたが、今から2人が契りを結ぶこと、その報告のため神域に入場した許しと新郎新婦への祝福をカプに乞う内容だそうです。
供物の中身は、電気タイプのポケモンが好きそうな普通のきのみやお菓子などで、神と呼ばれる存在でもやっぱりポケモンなんだなあとちょっとほっこりしました。
しまキングが詠唱を終えました。
次はいよいよ私たちがカプ・コケコに挨拶をする番です。ここからは現代語で大丈夫とのことでひと安心。ハラさんが視線を送ると、ハウさんはうなずいて誓詞の書かれた紙を広げました。片側を私が支えます。2人の気持ちが重なったことを確かめて、ハウさんは厳かに口を開きました。
太陽の恵みのように温かく、月の導きのように優しく、互いに支え合い、愛を育みながら、終生この物語を紡いでいくことを誓います。
私たちと、私たちと共に生きる人々、ポケモン、アローラの大地すべてに、カプの幾久しい御守護を、何卒お願い申し上げます。
2025年11月18日
夫 ハウ
妻 カイ
しんとした遺跡の中に、私たちの宣誓が響きわたります。それが空気に染みこむ時間を十分に取った後、再びしまキングが開口しました。
「カプ・コケコはあなたがたの結婚をお認めになりました。あらためて祝福を申し上げます。」
辺りにポケモンの姿は見当たりませんでしたが、カプの関わる儀式で実際にカプが現れるのは半分あるかないかくらい。重要なのは挨拶をしたという事実だそうなので、これでいいのでしょう。
しまキングは新郎から誓詞を受け取ると供物と並べ置き、それでは、と今度は後方に目をやりました。
「続きまして指輪の交換を行います。ニャース、壇上へ。」
ぬにゃっと返事をして立ちあがったのはママのニャースです。ママに手伝ってもらいながら、ニャースはリングピローを捧げ持ちました。そしてうやうやしく私たちのもとに進み出ます。
ニャースは結婚式の準備で忙しい私たちの傍ら、自分も何かしたくてたまらない様子でした。そこでお願いしたのがこの指輪運びです。リングボーイならぬリングポケモンといったところでしょうか。重要な任務であることをニャースは察知したようで、ママと一緒に今日まで何度も練習を重ねてくれました。
堂々と完璧に役目をこなすニャースに、私たちはめいめいにお礼を言い、まずはハウさんが小ぶりなほうの指輪を手に取りました。
きらりときらめくリングは、シンプルな白銀一色のように見えますが、実は内側が黄金色の二層構造。デザイン名を「月日」といいます。かわりばんこに顔を出して皆を見守ってくれている金の太陽と銀の月、その光の中で綿々と紡がれる私たちの愛を意匠とした結婚指輪です。
輪の内側には、私たちのイニシャルと私たちが初めて出会った年を刻んでいます。普通は結婚した年を入れるところでしょうが、私たちにとってそれは特別なもの。私たちの物語が動き始めた記念すべき時の名です。だからハウさんとよく話し合って、この刻印に決めました。
ちなみにイニシャルの横には、最初の島巡りパートナーポケモンのシルエットがあります。ハウさんとの絆と共に、私はあの頃モクローだったマルクともいつも一緒にいるというわけです。
ハウさんが私の左手を取り、輪の中に薬指をすべらせました。
私も同じように、金地の上にアシマリの描かれたリングをハウさんの指にはめてあげました。
指輪の交換を終えたら、アヴァを飲みます。これはアヴァという植物の根から作るアローラの伝統的な飲み物で、儀式には欠かせません。お酒ではないのですが酩酊作用があり、カジュアルに楽しめる専門のバーもあると聞いたことがあります。
まずはしまキングが杯をカプの供物の横、そして皆の前に1つずつ置きました。ココヤシの実を半分に割って作ったものです。見た目は素朴ですが、ぬしポケモンの力を借りて収穫したヤシの果実をうんぬんかんぬんの手順で加工した由緒正しい祭具です。
しまキングがそれぞれの杯に、あらかじめ用意しておいたアヴァを注いでいきました。かつてはこの場でアヴァをつぶして水と混ぜて抽出して……という工程だったらしいですが、大変手間と時間のかかる作業なので、現代ではこのような省略も多いとのこと。
アヴァの見た目はにごった灰褐色の液体です。まずはしまキングが祭壇に一礼した後、それを一息で飲み干しました。次は新郎新婦の番。私はアヴァを飲むのはこれが初めてだったので、正直なところ、勇気が要りました。
ちらりとハウさんに目をやると、彼は微笑んでうなずきました。難しければ数回に分けて飲んでもいいとは言われていましたが、アローラ人の伴侶になる者として、ここは作法通り一気飲みを敢行せねば。私は腹をくくり、口をつけました。
のどに流れこんできた液体の味は、どう表現すればいいのか……とにかく非常に独特でした。苦いような辛いような、でも見た目ほど不味くはありません。思っていたよりも難なく、私は杯を空けられました。
隣のハウさんも、私と同時に飲み終えました。きっとペースを合わせてくれていたに違いありません。
私たちの乾杯を確認して、しまキングが参列者たちにアヴァを飲むよう促しました。私のいる場所からはその様子は見えませんでしたが、むせたような咳払いをしたのはたぶんパパでしょう。慣れない飲み物に驚いたのだと思います。けれども多少の粗相は問題ないようで、しまキングは滞りなく宣言しました。
「たった今、我らは同じアヴァを口にいたしました。今日この日より、生まれも育ちも人もポケモンも隔てなく、我らは同じ一族です。アローラ、マナーロ。」
アローラ、マナーロ。と私たちは唱和しました。分かち合い、共に生きる。アローラで古くから変わらず大切にされてきた言葉と思いです。
これで結婚式は終了です。杯を片付けて最初の形に居直り、再びしまキングがカプ・コケコの祭壇御前でアローラ古語を詠唱しました。今度は始まりの時よりずっと短いです。式が無事に終わった感謝をカプに捧げているそうです。
退場の順序も最初と同じです。まずしまキング、次に新郎新婦、そして参列者が厳かな雰囲気のまま、祭壇を後にします。ようやく緊張の糸がゆるんだのは全員が遺跡の入り口まで出てきてからのことでした。
「カイ、とても綺麗よ。ママ感激しちゃった。」
「うちの娘を、何卒よろしくお願いいたします。」
ぎゅうと私を抱きしめたのはママ。ハラさんたちのほうを向いて深々と頭を下げたのはパパ。2人とも瞳がうるんでいました。ハラさんがパパの両手を握り「ご両親の想い、しかとお受け取りしております」と応じました。
「それでは遺跡の前で記念撮影をいたしましょう。オハナになったわしらの最初の1枚です。」
「オハナ?」
「家族って意味だよ、パパ。アローラの古い言葉。」
「ビビビー! 写真を撮るならボクにお任せロト!」
私のスマホロトムがここぞとばかりに飛びだしました。島巡りで図鑑に入っていた頃から変わらない、私の大切なパートナーポケモンの1体です。
ロトムに促されて私たちは整列しました。
「はい、アローラ!」
シャッター音が軽快に響きます。ものすごい連写です。式の間はわきまえてじっとしていた分、ロトムの元気はあり余っていたのでしょう。ぴゅんぴゅん画角を変えてあっちからこっちから写真を撮りまくるロトムに皆も自然と微笑んで、私たちの家族写真第1号はとても素晴らしい出来栄えでした。
「じゃあそろそろリリィタウンに戻って、披露宴に備えよっか。カイはお化粧直しもしたいだろうし、早いゲストはもう到着するかも。お出迎えしなきゃだよねー。」
「あ、そうだね、急がないと。といっても私はドレスだからあんまり走れないけど……。」
「それならおれが。」
ハウさんが何? と思った次の瞬間、私の体は宙に浮いて横倒しになっていました。ハウさんに抱き上げられたのです。
「よーしカイ。しっかりつかまっててねー。」
「わ、ちょ、ハウさん! これでマハロ山道を下るのはちょっと……重いよ!? 披露宴の前にへとへとになっちゃう。」
「あれ、そこにいるのはもしかしておれの花嫁さん? オドリドリの羽毛を持ったかと思ったよー。」
「もう……ハウさん!」
ハウさんが幸せそうに笑っています。それで私も結局ハウさんの腕の中で、同じように笑いました。
以上が私たちの結婚式でした。アローラの伝統的な神前式がどのような雰囲気か、なんとなくでも伝わったのであれば幸いです。
さて、これで披露宴も結婚式も語り終えたわけですが、せっかくですからそれらの準備がどんな様子だったかも、お話しさせてください。大切な友人たちに協力をお願いした、素晴らしい準備風景や前撮りがたくさんあるのです。
私もハウさんと一緒に、当時を振り返ってみようと思います。
ぜひもう少しだけ、お付き合いください。